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夢に消えたジュリア
日時: 2004/07/19 20:59
名前: 穏桐

夢に消えたジュリア

 もうあれからどれくらいの月日が経ったのか……男は既に数えるのを止めた。
外から季節を漂わせる、蒸し暑い気候とは別の涼しげな風が、ベランダに付けた風鈴の音と共に部屋に訪れる。
その一陣の風と共に、男は瓶に詰まった睡眠薬を全て飲み干した。

季節は初夏。しかし男の感覚はあの楽しかった一昨年の夏から進んでいない。いや、進もうとしないというのが適切だろう……。男はもうその幕を閉じようとさえしている。
不意に脱力感を振り切り体を起こして窓の空を眺めた。空には……あの日彼女と共に見た大きな十字架を象った花火が咲いていた。手に握りしめているチェーンの切れたロザリオと同じ形の。
「戻ってきてくれ」と男の叶わぬ願いが夏の空に虚しく響いた……それが叶わぬと見て男はまた一つ希望を失った。
気まぐれで左腕を見てみた。そこには一匹の蚊が大きな傷の付いた腕から血を一生懸命に吸っている。男はその傷を見るたびに一昨年初めてであった彼女を思い出すのだ。


――――やはり君はもう戻らないのか……――――


 そして一言ぼそっとこぼした。


「帰ってきてくれ……ジュリア」


〜夢に消えたジュリア〜


 男は数年前に二年間連れ添った女性を失った。名前はジュリア。
アメリカ育ちの日系アメリカ人の彼女とは、たまたま浜茶屋でのアルバイトで出会ったのが始まりだった。
彼女がコンタクトレンズを落としたという、些細なきっかけだったのだが、それが功を奏したか二人は互いに意識し合う仲となった。
今にも脳裏に映し出される……健康的な小麦色の肌、揺れていた胸、艶やかな金色の髪。単身痩躯の自分には不相応極まりなかったなと今更でも思う。
そうやって仲を着実に良い物としていた二人だったが、それだけでは親友止まりだっただろう。証拠に、あの事件が起こるまで、二人は手すら繋ぐことはなかった。
 
 そんな二人が愛し合うような仲になった時のことを、男はもう消えることの無いだろうあの腕に刻まれた大きな切り傷と共に覚えていた。

 ある日、閉店近くにやってきた二人組の酔っぱらいに彼女は絡まれ、襲われそうになっていた事があった。たまたま居合わせた男だったが、その時一瞬なにが起こっているか分からなくなった。
見るからに奴等は真面目に生きてきた人とは思えぬ、濁った光を放つ目をしていた。今でも容易に思い出すことが出来る。
武術を心得ていた男は一人はなんなく倒したが、もう一人は刃物を持っていて、腕の腱を失う代わりに倒したのだった。その姿にジュリアは惹かれたのだった……。


 
 ……不意に過去の思い出を花火を見ながら男は思い出していた。永遠に色褪せることの無い、二人の愛の世界……。男はいつまでもその愛をもう一度手に入れようと彷徨うことだろう。
男に一筋の涙が溢れる。そして次々と流れていった。それはもはや止まることのない、涙だった。


 男はそれからジュリアと愛を示し続けた。まだ確かな金がないので結婚式は出来ないが、ジュリアは「一緒にいよう」と役所に婚約届けを出した。両親の反対を押し切って、茅ヶ崎の、海が見えるボロアパートに住み始めた。
誰もが反対する愛……それを二人で正しいと示し続けた。


 何度も。何度も。何度も……二人は証明し続けた。


 結婚から一年くらいだっただろうか。その日、ジュリアは自分の大切にしていたロザリオを男にプレゼントした。ロザリオは彼女の母がジュリアが生まれた時に造ってくれた物で、世界に2つと無い。ジュリアは海に入る時も、シャワーを浴びる時でさえ、着け続けた大切な物なのだ。
男は当然、「こんなに貴重な物を、なぜ俺に……」と問いた。しかし彼女は「自分が死んでも、それを身代わりに永遠に愛してくれ」との一点張りで、男にあげると言い張り続けた。
男は何のことか訳が分からなかったが、ついに最後には「ありがとう」と一言言って、そのロザリオを首にかけた。その時のジュリアの溢れるような嬉しそうな笑顔が今でも脳裏に焼き付いて忘れられない。

 やがてそれから数週間後、ジュリアはこの世を去った。蜘蛛膜下出血だった。
 
 男は仕事を途中で抜け出して病院に駆けつけた……部屋のドアを開けるとそこには小麦色だった肌が冷え、もう動かなくなったジュリアが健やかに眠っていた。
白い布の下には笑顔があった。子供がこれから楽しい夢を見ようとして床につくかのように、ジュリアもまた、そのように永遠の眠りについたのだ。
 
 ――――男は慟哭した続けた――――
 
 涙も出さず、声も漏らさず……ただ、人形のようにそこにたたずんだ。
その時、二人の何かが壊れたように、人形の首からロザリオが落ちたのだった。悲しげな、冷たい金属音を響かせて。



――――恋が、終わりを告げたのだ――――


 
 ……丘から見下ろす花火より美しいものはジュリアだけだと男は改めて思った。
疲れ切った身体を草原に身を任せ寝そべってみる……どうやら既に身体は動かないらしい。指が全く持って反応しない。


「そろそろ、お迎えが来るな……」


 男はクスリと頬を緩めた。来るとしたら誰が来てくれるだろうか……いや、誰も来てはくれぬだろう。既にもう居るから。
ジュリアはまだ死んでいない。男はジュリアの身体が滅びてもそう思い続けた。心の中に生き続けているのだ。
しかし、そのジュリアさえ、男の心から死に絶えようとしていた。逝去した頃より、思い出す回数が少なくなっていると今日男は愕然とした事実に気が付いたのだ。生きると言うことは常に残酷で、心に残ったジュリアを掻き消そうと嘲笑うのだ。
男は、ジュリアとの約束が破れるような気がした。永遠に君を愛すると。
だから男はジュリアを愛するために旅立とうと思った。ジュリアが居る国へ……。ジュリアが居ない世界など滅びてしまえばいいのだ。男は常にこの数年間思い続けていた。

 不意に目の前に海が見えた。そこには若き日の自分とジュリアが居た。楽しそうに海で泳ごうと砂浜を走っていた。つがいのカモメのように。

 とうとう幻覚症状が見えだしたか。残された時間ももう少ない。最後に心に居るジュリアに誓いを捧げることにした。


 君は僕に身も心も捧げてくれた。だからこそ今、僕は身も心も全て君に捧げよう。もう一度、二人の永遠の愛を戻すために……。


――――今、行くよ――――


 ……ここは何処だろうか。熱い砂浜に潮騒が聞こえる。脳死するまで人は一番楽しかった夢を見ると聞いたことがあるが、もう身体は死んだのか?男は砂まみれの身体を起こし、海の方へ向かってみることにした。
 ふと気付くと、体全体が昔の体に戻っているではないか。男は手鏡を出して確認してみる……そうだ、昔の俺だ。俺の顔だ。
 男は不思議そうに顔に手を触れてみる。顔に生えていた無精髭は跡形もなく消えていた。まるで生えたことを忘れたように。

「ねぇ、泳ごうよ」

 懐かしい声だった。ちょっとかたことだけど、ハスキーで透き通った声。
声につられて振り返ってみる……波打ち際にはあの日のままの君がいた。あの日のままの笑顔があった。

 ……二人は行きさえ忘れて抱きしめ合った。二人で愛のジルバを踊った。

 やっと、君のそばに戻れたのだ。君が、やっと僕のそばに来てくれたのだ。男は歓喜の涙さえ流した。
しかし、急にジュリアはつれなくなった。突然手を離したかと思えば、君がどんどん遠のいていった。
男は叫びながらジュリアに近づいて行こうとしたが遅かった。
そして、ジュリアは最後に男に囁いた。

『私は、貴方が忘れようとも貴方のそばにいるから。貴方が私のそばに来る必要はないんだよ』


「……生、先生!患者の意識が戻りました!」
「よし、すぐさま中和剤を投与しろ。奇跡的に回復するとは……君、私の声が聞こえるか!」




……結局俺は死に損なってしまった。ジュリアの元へは逝けなかったのだ。あんなに鮮明にジュリアを見ることはもう、死ぬまでないだろう。
しかし、白いベットの上での男はもうジュリアの元へ逝こうとは思わなかった。
もう、ジュリアは傍にいる。今度はもう二度と離れることはない。二人は永遠に愛し合えるんだ。その枯れきった心には一輪の希望の花が咲いていた。

 蝉の声が遠くから聞こえ、それと伴って熱い陽射しが顔を射した。
今日も、熱い一日になりそうだ。男は一言「シャァ!」と気合いを上げて身体を起こした。
久々に感じる心地よい充実感。
それを見て隣でジュリアは……微笑んでいた。

――――あの日のままの笑顔で――――

〜完〜
メンテ
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Re: 夢に消えたジュリア ( No.1 )
日時: 2004/07/19 21:11
名前: 穏桐

こんばんは〜&初めまして、某サイトで小説を投稿させていただいている穏桐と言います。以後よろしくを〜w
ゴズィラさんの作品はその某サイトでいつも閲覧させていただいていて。それで今回相互リンクになったと言うことで来させていただきました。
足跡を一応残しておこうと言うことで、小説サイトらしく小説で足跡を残しておきます。
メンテ
Re: 夢に消えたジュリア ( No.2 )
日時: 2004/07/19 22:13
名前: ゴズィラ

うわぁ〜い♪  穏桐さん、いらっしゃいませ〜&小説投稿
有難う御座います!  穏桐さんの小説は「某サイト」w
でいつもご購読させて頂いてます。 穏桐さんの、魅力的な小説の内容は私だけではなく
多くの方々に、良い影響を及ぼしている物と思われます。。。 私もいろいろと学ばして貰ってます!

本当に有難う御座いました。また、気分が乗りましたら、小説投稿の方、お待ちしております^^
メンテ
Re: 夢に消えたジュリア ( No.3 )
日時: 2005/05/04 15:27
名前: 蓮見ウェント

ううう、いい話でふぅ…。
   こういう悲しいくて、切ない話、
大好きですよ〜!
メンテ

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