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”風琴”
日時: 2004/09/15 00:24
名前: AL.

   『火と油の関係』


暗い部屋。

元は広かったであろうその部屋は、現在大量のごてごてした“何か”によって埋め尽くされている。
 ここにもう少し光があれば、天井に吊り下げられた無数のケーブルと、この部屋を外界と隔離しているよく分からない線が乱雑に入った真っ白な壁と、ごてごてしたものが無数の資材や機械機器、文書の類であることが分かるだろう。
 今現在この部屋の唯一の光源は、部屋の奥の奥、起動しているコンピューターの画面から漏れる僅かな光だけで、その前には二人の男が会話をしながら画面を睨んでいる。



「で、どーするよ・・・このレポート今日の朝提出なんだろ?時間全然無いじゃねえか」
「大丈夫だって。あとこの図面さえ書き終えれば終わるから、さ」
「さ、じゃねえよ。今何時だと思ってやがる。もう五時なんだぞ、五、時!分かるか?今頃お月様からお天道様に下々の監視が変わろうとしてる頃なんだぜ?始業まであと二時間しかないってのに、こんなでかいもんの図面なんて書ききれると思ってんのか?」
 つまるところ、この部屋は一種の仕事場のようなものらしい。しかし部屋の大半は様々な物資に占領され、とてもまともに動けるような状態とは思えない。
 そんな密閉空間で、会話は弾む。
「ああ、僕は君と違って机に座って仕事をしながら隣と話しを弾ませたり食事をしたり昼間から堂々と睡魔に埋没したり机の中に忍ばせた玩具で遊んだり居残りと偽って学長室に乗り込んだりするような真似は出来ないから、きっと一時間もすれば出来ると思うよ」
「ぐ・・・うるせえな、何が言いたいんだよ」
「ようするに集中力をせめて人並み以下ぐらいには付けたほうがいいんじゃないのかってこと。頑張って三十分は椅子に座って我慢できるようにはなろうね」
「ってことは俺は人以下か!?」
「正直にサル並みだって言って欲しいのかい?」
「今すでに言ってるじゃねえかコラ!」
「まあいい加減時間も無いから、そろそろ真剣に取り組みたいんで。出来る限り黙ってて。期待はしてないけど」
「ってさっさと無視すな!おいコラ聞けっての!」
 おおよそ夜明け前。火に油を注ぐように拡大していく声量は、しかし周囲には全く漏れずに、ただ部屋の中を反響するに留まる。
 窓など無く、ただ一定の間隔で時を刻んでいくデジタル表示の時計だけが、徹夜から明けようとしている二人に時の流れを教えている。余談だが、もともと空き部屋だったこの部屋に防音処置が取られたのは、彼らが来て数日後の事らしい。
 画面に向かってひたすら図面を構築するのは、眼鏡をかけた少し色の薄い茶髪の青年。羽織った白衣の胸の札には、クロリス・ゲーテ・アーディハイドとある。
 その青年にサル以下と称されたのは、見た目同じくらいの年頃の、鳶色の髪を立てて赤い瞳をした青年。同じ作りの白衣の胸に、リーグ・スベンヌ・ヴァンシーベルという札が付けられている。

 クロリスは黙々と作業を続ける。途中何度かリーグが騒いだが、全く気にも留めずにキーを打ち続ける。対してリーグは、大声や暴言、はてまた奇声や公衆に晒せないような発言、更には意味不明だったりするような言葉を数分発していたが、相手は無反応な上いい加減疲れたらしく、書類の散乱する仕事場の床に寝転んで、それでも一応眼は閉じずに黙っている・・・かと思えばたびたびなにかが転がっているような音が聞こえていたり、だんだんと床に足を叩きつけているような音が聞こえたり、ガキン、と金属にぶつかったような音が聞こえて多少の悲鳴と共になにかが崩れていくような音が―――――
「・・・あのさ」
 限界だと思って振り返ると、そこには書類と機器の数々に埋もれて片足だけ突き出た状態のリーグと、その山によってただでさえ狭かった道が塞がり、自分たちが部屋の外に出られなくなったという状況が待っていた。
「・・・・・・・・・」
 それらを理解して、納得して、よくよく噛んで飲み下して、一つの結論に至る。
「頼むからさ」
突き出た足に向かって、今の自分のありったけの思いを吐露した。
「・・・もう少し、大人になってよ」
 本当に知能はサル並みなんじゃないかと思いながら、十日間連続となる通路確保に乗り出す。




                     

 結局収集がついたころには始業時刻を大幅に過ぎており、いろいろと叱られた帰り道。二人は暖かな陽光の入ってくる朗らかな一日の始まりに全くそぐわない疲れ顔で、ぼんやりと廊下を歩いていた。
「まったく学長もうるせえよなー。たかか一時間遅れた程度で三十分も説教しやがって」
「十分重大だよ・・・それに何回目?そっちの犯したミスなのに一緒に尻拭いさせられる僕の身にもなってくれ。おかげで今年は単位が取れるか心配でしょうがない」


 彼らは様々な分野に秀でた生徒を数多く産出している学院の一生徒で、現在多種多量の分野を学んでいる。だが基本的に授業の参加は自由で、度々出される課題さえまともに出来ていれば単位は普通にもらえるというシステムになっている。もっとも、その課題は難問奇問ばかりなので、実のところ参加していないと不可能に近いが。
 学院には年齢や種族の差別は全く無く、学びたいものならば自由に入ることができる。また同時に出るのも自由で、学期末毎に一斉に卒業か中退をしていく。期限は最高五年間。その間に学べるものがどれだけのものかは、本人たちのやる気しだいとなっている。
 彼らは現在二年目。生活にも慣れ、単位取得に東奔西走する時期である。しかし当人たちは単位取得に精を出すわけでもなく、かといって遊んでばかりだというわけでもない。ただ平均より多少高めと低めの成績で、それを維持しながら気楽に毎日を過ごしている。勉学にのめりこみ過ぎず、かといって遊び呆けもせず、程よい程度に学院生活を満喫している。とは本人たちの弁である。
 ・・・実際のところは、どうだか分からないが。



「でさ、今日の講義はなんだったっけか?」
「魔学、神秘学、工学技術、歴史、概念法、言語学」
「うっわ、どれも苦手分野だ」
「君に得意分野なんてあったっけ?」
「・・・・・うるせえよ」



 学院には正式名称は無い。いや実際はあるのだけど、とても長ったらしいので生徒はおろか教授まで学院で通している。ここの正式名称を知っている者はよほどの物好きだけだろう。


 白と茶色を基調とした校舎を、たあいもない談話をしながら進む。階段を上る途中で、数人の女生徒とすれ違った。
 何気なく目をやると、一人だけ、他の生徒と違う者がいた。
 その人は、耳が横に長く尖っていた。
「・・・・・・・」
 階段を上りきって、女生徒が見えなくなってから、リーグはふふふ、なんて危険な笑みを漏らし出した。
「おい見たか?今の子。いいよな〜。エルフってなんだか憧れるもんがあるぜ」
「君が焦がれてるのは耳だけだろ・・・」
「む・・・いいじゃねえか、人の趣味に難癖つけるな。・・・だいたいお前だってエルフなんだろ?なんで耳普通なんだよ」
「耳にこだわるな。エルフなら耳が長いとか尖ってるとか・・・僕が気になってるのは、どうしてそんな考えが定着してるかってことなんだけど」
「そういった情報や物資が他世界から送られてきてるんだろ。エルフの存在しない世界なんて結構あるらしいぞ?・・・まあ、お前もお前でエルフに見えないしな。茶髪に青い瞳なんて普通にいそうだし。耳普通だし。俺だって最初は普通の人間かと思った」
「大変だったよ。教授からも間違えられるんだから。一年半かけてようやく定着したけど」
 はあ、とクロリスは溜息をつく。それでもまだまだ生徒にはなじんでいない。まあ、生徒数は半端ではない学院の中で、完全に定着させるのは不可能だろう。それが彼の最大の悩みだったりする。
「エルフ同士であればお互いの気で判別できるけど、それ以外となるとよほど魔的なものに優れていないと分からないだろうから・・・」
「結果としてしょっちゅう間違われるわけだ。多いときは一日に十回ぐらい、間違ったからっていって謝られてたな」
「ああ、あの日はうんざりしたよ。三人目あたりから君が何人目だ何人目だってカウントするから、ただでさえ気まずいのにますます悪化するんだ。あの時は真剣に庭に埋めてやろうかと思った」
「またまた、本気じゃねえくせに」
「そうだね。次にやったらコンクリ詰めにして池に沈めてあげる」
「・・・・・今度は、本気?」
「嫌なら今後言動には気をつけてくれ」



 部屋の前に立つ。木製の扉を開け、電気をつければ、嫌でも惨状が目に入ってくる。
 ここ数ヶ月の課題研究の残りかすがこれだ。もっとも大半はリーグが出したものだが。
「・・・片付けないとな・・・講義まであとどれくらいだい?」
「三十分だ。微妙な時間だな」
「どうする?」
「また崩れて遅刻するのは御免だ。後にしようぜ」
「君が暴れなきゃいいだけだろ・・・」
 机の上のノートを取りに、朝ようやく開通した狭い通路を進みながらぼやく。
「なんだよ、俺のせいだってのか?」
「十中八九と言わず十割方間違いなくそうだよ」
「んだとぉ!」
 ダン!と勢いよくこちらに踏み込んで、リーグは部屋の奥へ詰め寄る。
「もとはといえばお前がこんな無理難題な課題をやろうなんて考えるからこんな事になったんだろうが!俺一人のせいにするのはおかしい!」
「いや更にもとはといえば僕は悩んでただけで実際にノリノリで誘ったのはそっちだし・・・いやというかちょっとま―――――」
「うるせえ!」
 そう言って更に一歩踏み込むついでに人差し指をぴしりとクロリスに向ける。
「そうやって毎回事実ばかりを並べ立てやがって!たまには架空の話題で勝負しろ!」
「いや意味わかんないし・・・ああだからそれ以上踏み込まないほうが―――――」
「うるせえっていってんだよ!」
 そう叫びながら指を向けていた手を横に振るって・・・・・



『あ』



 ゴン、という音と共に、突貫工事で積み上げておいてだけの資材は、本日二度目の崩壊を迎えた。






 十秒後。
 クロリスが目にしたのは、書類と機器の数々に埋もれて片足だけ突き出た状態のリーグと、その山によってただでさえ狭かった道が塞がり、自分たちが部屋の外に出られなくなったという状況だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 それらを理解して、納得して、よくよく噛んで飲み下して、突き出た足に向かって、今の自分のありったけの思いを吐露した。
「ほら、間違いなく君のせいじゃないか」



 また遅刻だろうな、と、クロリスは他人事のように考えていた。
メンテ
Page: [1]

Re: ”風琴” ( No.1 )
日時: 2004/09/15 00:37
名前: AL.

こちらの掲示板は初です。よろしくお願いします〜w

見た人は分かってると思いますけど、別世界のお話しとなってます。てなわけで不明なとこ多め。後明らかになる・・・かな?

私の執筆ペースは気分によるので、全然進まないかもしれませんけど・・・頑張って行きたいと思ってます。
メンテ
Re: ”風琴” ( No.2 )
日時: 2004/10/01 23:31
名前: AL.

  『学長的チェーンソー。』


「や、久しぶり」
「・・・まだ先ほど会ってから一時間しか経っていませんよ、学長」
「んん? あ、そか」


 結局と言うべきか当然と言うべきか、二時間連続で講義に大幅に遅れるという偉業を達成した二人は、あろうことか学長直々に学長室に来いとの指示を受けて・・・そして学院一階の学長室に入っての第一声がこれである。


「まま、そこに座る座る。・・・ほ〜らそんなに硬くなんなくてもいいから。疲れるでしょ?」
硬くなるも何も、すでに二人は顔見知りというかこの部屋の常連である。この軽い性格をした学長に硬くなる人はいないんじゃないか。と思ったことは数が知れない。
部屋の主が指したのは扉側に位置する革張りのソファ。明らかにお客様用といった風情の椅子に、クロリスは気持ち小さくなって、リーグは遠慮もなくどすりと座る。
対して学長が座っているのは社長室によくあるような広々とした机の向こう。その広さに比べて上には丸花瓶が一つ。ただでさえ小さめのそれは、机の端に置かれてより一層縮こまっているように見える。
「さて、じゃあ今日二回目のお説教タイムになるんだけど・・・」
 ひょい、と何処からか取り出したのは紙束をホチキスでまとめたもの。数センチの厚みがあるそれは、しかしたいした重みを感じさせずに学長の手の上でページを躍らせる。
 その学長、実のところ本名を知っているのは本人だけだったりする。
 見た目は二十代後半の女性。ストレートにした青色の髪は耳を隠す程度の長さ。丸くて大きな目の中の瞳は、右が緑、左が白・・・というか、瞳が無いように見える。慣れてしまえばたいしたことは無いが、初対面ならば、多少奇異と畏怖の視線で見てしまうだろう。事実二人も、最初はその異形と性格の不一致に大いに戸惑ったものだ。そしてその瞳の上にふち縁なしの眼鏡をかけて、白衣かローブ着用を規定で定められた学院内で唯一いつもスーツ姿で歩き回っている。名目上学院のトップである彼女が遠慮も無く規定を破るのはどうかという声が上がらないのは、もう既にそれが定着しているためか、注意しようと効果が全く無いからか、単にそっちのほうが似合っている上に人気があるかららしい。
 ともあれ、今この瞬間の二人にとっては、何の意味も無い情報なのだが。


 ぺらぺらとページをめくり続ける学長に、座っているだけという状況に耐えられないリーグは、こちらから話題を振ることにする。
「学長」
「ん、何?」
「前の説教でもそれ見ながらやってたけどよ、・・・なんだその紙束」
 なかなか良質な紙で作られた冊子には、隅の方に『学長用』と黒のマジックで書かれている―――――を指差して、尋ねる。
「ああ、これ?・・・ふふふ、よくぞ聞いてくれたぁ!聞いて驚け、見て慄け、これがなにかと申さらば・・・!」
「学長・・・机の上に乗るのはよくないですよ」
 更に、いかんせん行動が突発的で理解不能だったりする。クロリスの忠告は意にも関せず、机の上で戦隊もののようなポーズを決めていたりする。
「それは、これだぁ!」
 ビシィ!っという擬音が入りそうな勢いで、二人の目の前に突きつけられたのは、冊子の十ページ目。区切りを入れつつもびっしりと文字が書かれていて、そして。
 その文には、どこか覚えがあった。


「なあ、・・・これって、さっきの説教とまるまる一緒じゃねえか・・・?」
 怪訝な顔をするリーグ。
「うんそう」
 リスの様に律儀にこくりと学長は頷く。
「さっきのって、これ見てやってましたよね・・・?」
「見てたでしょ?」
「でしょ? じゃねえよなんだこれは!?」
「お説教のマニュアル」
「・・・・・」


 呆気に取られるとはこういうことか。二人は完全に沈黙した。


「いやね〜、一応学長って立場上こんな風に説教して院生にありがた〜いお言葉差し上げとかないといけない場合ってのがあるわけよ。でも私説教って苦手だし嫌いなの。でもやらないわけにもいかないからどうしようかなって学長会議で言ったらね、隣町の人が作ってくれたわけ。いや〜ほんとにいい人だったねえ・・・」
 などと多少早口で感慨にふけっている。
「・・・そんなもの頼む学長も学長ですが、それを作ってしまう人のほうも・・・」
「学長会議は異常人の魔窟か・・・?」
「あら、今の言葉は見過ごせないな。だ〜れが異常人だって?」
「きっぱりとあんただ!」
「あはは〜、そりゃそうよねえ」
「・・・・・」
 頭を抱えながらの懸命の抗議すら、簡単にあしらわれた。
「クロリス・・・あの紙束破り捨てていいか・・・?」
「・・・きっと何の解決にもならないからやめといたほうがいいと思うよ」
「いや、俺の気が多少は晴れるという利点がある」
 握り締めた拳を震わせて、かなり本気な様子のリーグを見て、学長は冊子を隠すように抱く。
「やめてよ、これは私に威厳と尊厳を与えてくれる代物なんだから」
「学長、毎週朝議で全院生に爆弾発言を公表している上に院内で毎日一回は激震と共に学院から煙を立ち上らせてる時点で威厳と尊厳は貴女には全くといっていいほどありませんよ」
「私がそう思えればいいの。他人の考えなんか気にしない気にしない」
 そういいながら笑顔でウインクしているのだから、完全に本気なのだろう。


 二人が意気消沈して、学長が座り直し、名目上の説教部屋はひとまずの安らぎを取り戻す。
 かに見えた。


「まあそんな訳で。説教やめていい?なんか面白くないからさ」
「面白い面白くないで決めちゃっていいんでしょうかね・・・ていうか学長、もう罰する気なんて無いでしょ」
「あは、分かる? なら話は早い、っと」
 そう言って片手で別の引き出しから万年筆を、もう片手で別の引き出しから羊皮紙を取り出し、机の上で綴り始める。
「おい学長、何してんだ?」
 質問には下を向いたまま答えた。
「ん〜? 罰の代わりにお使いでもしてもらおうかな〜って」
「お使いだあ?・・・また変なもん持ってこさせる気じゃねえだろうな?」
「そうねえ、多分貴方達なら何とかなるんじゃない? そこそこの腕前でしょう?」
『腕前?』
 二人揃っての疑問符には何も答えず、ピッと終わりを示す一本線を入れる。
「はいこれ、欲しいもの一覧」
 ひょいと放られた羊皮紙は、しかし空気抵抗が無いかのように、するりと3メートルほど離れたクロリスの手元に落ちる。紙飛行機を飛ばしたような感覚に似ていた。
 文面に目を落とす。リーグも頭だけ寄せて見る。二人でざっと目を通して・・・丁寧に羊皮紙を丸めて、ふうと一息ついてから、
「学長」
 意を決して立ち上がる。
「一つ言っておきたい事があるのですが、よろしいですか? 無礼講で」
「どうぞ。言っておきたいことは言えるうちに言っとかないと親御さん悲しむわよ?」
 後半は無視。笑顔で言い切ることを志す。
「では・・・いい加減あんた僕等をを殺す気かい」
「あは、さすがにそこまでは思ってないから安心なさい」
「根拠がありませんよ、全然」
「私の保証ってことじゃ駄目?」
「・・・・・」
 了承か落胆か・・・この人の力は熟知している以上、どちらともとれる故に何も言えず、クロリスは座りなおす。
「・・・終わりかよおい」
 体を乗り出して、まだ言い足りないと表情で訴えつつ、リーグは引き下がったクロリスに掴みかかる。
「ああ、そうだけど」
「ああそうだけどじゃねえ。なんだお前、珍しく本気で何かこの精神的異常者に致命的一言を浴びせてくれるかと期待させといてその程度かよ」
「勝手に期待されても困るんだけど・・・だいたいこの人に何言っても効かないのは去年一年間で経験済みだろ? 何言ったところであはは〜とか言って跳ね返してくるんだから気力が萎えるよ。別方向である意味冷血。例えるなら鉄製のサンドバックかな。殴ってもダメージはこっちにくるんだから」
「なら、この社会不適応者をどうにかさせるには一撃お見舞いして目を覚まさせてやるとか」
「やめときなって。常にリミッター外れてて容赦しないんだから。このまえ五十メートル向こうの道に向かって五階の窓からすっ飛ばされたの忘れたのかい? しかも閉まってるガラス窓に向けて。あのあと結局僕に割れたガラスの処理が回ってきたし」
「ほらほら二人とも、私の話題なら、本人に聞こえないと意味無いでしょ?」
「・・・・・」
今までの会話は、別に小声だったというわけではない。いつの間にかこちらの目の前にまで移動している学長に、
「・・・ほら、二人で嫌味言い合ったって反応がこれじゃあね・・・」
「・・・だな」
 事実上の敗北宣言。相変わらず学長はニコニコと笑っている。
メンテ
Re: ”風琴” ( No.3 )
日時: 2004/09/28 23:47
名前: AL.


「・・・にしてもこれは酷すぎません?たち悪いですよ」
 再び改めて座り直し、再度文面を見ながら、クロリスはぼやく。
 クロリスがそこまで言う理由。それは彼女の“欲しいもの”とやらが全て“森”の中にしか存在しないことにある。
 森とは一つの異界にも等しい。エルフを筆頭とした妖精族の住処であるものは比較的安全であるが、基本的に森は危険な場所だ。
 ときに怪物の出没する場所として。ときに行方不明者の出る場所として。ときにダンジョンの代わりとして。
 学院裏に位置する森も、例外ではない。特に最近、そういった話題が後を絶たなくなってきている。・・・つまり、入って戻れる保障は・・・無い。

「それで・・・腕前ってことかよ」
「そ。バケモノに襲われたとしても、武力と火力に自信があるならなんとかなるでしょ」
 一目で分かるほど嫌そうな顔で―――――面倒臭いという意味合いの―――――二人は相談を始める。
「・・・だってよ火力。どうする?」
 リーグの一瞥に、クロリスは首を振って答える。
「いいや武力・・・僕はそれが嫌なんじゃないんだ」
「あん? じゃあなんなんだよ、お前の気に入らない部分は・・・ってもっとも俺は全部気に入らねえけど」
「ああ、僕が酷いっていったのは、欲しいものの内容なんだけどね」
「ほう?」
 口が次の言葉を紡ぎかけて・・・止まった。
「・・・・・いや、なんかこれ言っちゃうと君が理不尽だとか言って噴火しそうだからやめとこうかな」
「なんだよそれ。ここまで言っといて後には引けねえぞ。包み隠さず問題点は公表しておくべきだ」
 そういって毎回断言して、結果はいつも変わらないんだけどね・・・
 クロリスは思う。
「そうだね・・・じゃあ暴れないって約束できる? 期待はしてないけど」
「おう、勿論だ。保障はしねえけどな」
「そう・・・なら言うけど」
 クロリスは、文面を指差しながらリーグに向けて、



「これほぼ全部、ちょっと前に学長が吹っ飛ばした部屋に保管されてたのと同じ内容」



答えを返した。



「理不尽だぁ!!!」
『やっぱり』
 思い切りよく立ち上がった武力に対し、全く同じタイミングで二人は思いを口に直結させる。
「うるせぇ! 大体学長っ! なんで俺達があんたの不祥事の後始末をしなけりゃならねえんだよっ!」
 先程の戦隊ものと互角の勢いで指を学長に突きつけるリーグだが、学長はあくびをしながら眠そうに答えた。
「ん〜? そりゃ勿論、説教の代わりだけど」
「あんたの場合まともに話すだけで説教以上に神経参るわっ!」
「え〜、でもそれだと私がつまらないじゃない」
「そういう問題かっ!ってか結局楽しんでいやがるんかてめえは!」
「ストレスはお肌の天敵ですからね〜。どっかで発散しないといけないでしょ?」
「生徒で発散するなっ!やられたほうはよけいストレス溜まる!」
 ・・・なんか本題がずれ始めたな。
 そう感じたクロリスが修正に入る。
「・・・学長、説教の代わりにって、これを全部ですか?」
「うんそう。・・・でもそれはついでよ?本命は別なんだから」
「本命?」
「うん。精霊草ってのを取ってきてもらおうと思ってね」
「精霊草・・・」
 話には聞いたことがある。
 精霊草。森の奥深く、澄んだ泉の傍にのみ生育するという珍種。暗く深い森の中で唯一美しい光を放つ。その姿は人塊のようにも見える奇怪な形だが、美しさも兼ねているところから名がついたとされる。生育している場所から、泉に導く指標にもなる。主に魔術、魔法などでの媒体として用いられたり、その花粉は調合の材料としても使用する。また精霊草自体が強い魔力を秘めているため、薬草としても可能であると、何かと重宝される。
 生育条件の悪さから、採取されるところは非常に限定されるため、市場でもなかなか手に入りにくい代物だということだ。

「・・・でも、そんな珍しいもの、どうやって手に入れるんです?」
「それは大丈夫。ここの裏の森に、大分前探りを入れてみたらあった。精霊草は年中生えてるから、よほどの事が無い限りまだあると思う。場所はそれが記してくれるからなんとかなるでしょ」
 それ、と言って羊皮紙を指す。隅の方に、あんな短時間には書いたとは思えない緻密な図が描かれていた。
「成程。・・・でも学長。明らかについでって量じゃないですよ、これ」
「いいじゃない。なお教授達から苦情がいっぱい来てるから、なるべく早くお願い」
「お願い、じゃねえよ。自分でやろうとか思わねえのかあんた」
「え〜。だってかーくんもひっくんもミルちゃんもみんな忙しいって言うし、私は私で学院の見回りとか学徒との交流とか机の上にある仕事の山とかがあるし・・・」
 早口でまくし立てる。
「いろいろと突っ込みたいところがありますけど。学長、机の上には仕事らしき書類なんかは一切ありませんよ」
「・・・・・・・・あれれ?」
 学長はきょとんとして目の前の机を見回す。大きい机に、小さな花瓶が一つだけ。
 慣れているからこそ本気で分かってなかった事実を理解できてしまう自分に、なんだか泣きたくなった。
「まいっか。まあそんなわけで、まかせたからね〜」
「なんかうやむやにして終わらせようとしてるでしょう、貴女」
「あは、ばれた?」
「俺は全然OKしてねえからな。いやぜってえ死んでもしねえぞ」
 どっかりと座りなおしながらのリーグのそんな言葉に。

「・・・・・死んでも・・・?」

 学長が危険な響きと共に反応した。ふふふ、と不吉な笑いから始まり、ゆらり、と立ち上がりおもむろに机の中を漁り始める。数秒経って次に体が見えたときには、
「ならばその覚悟、どの程度なのか、しかと見せてもらおうか」
 刃渡り約一メートル半はあるチェーンソーを、両手で軽々と構えていた。
『どっから出てきたんだっ!』
「いっつも椅子の脇に用意してあるんだけどね、これが」
「んなもんそんなとこに携帯しとくな! 非常識にも程があるだろうが!」
「今更何言ってんの。この学院に常識も何もないでしょうが」
「・・・そうですね。学長そのものが非常識ですし」
 何かを諦めたような表情で、肩をすくめてぼやく。
「ふっふっふ〜。なかなか興味深い発言をするねえ君も」
「学長には勝てませんよ」
「あら、そうかな?」
「おいそこの二人! 微妙な状況で普通に会話してるんじゃねぇ!」
「確かに微妙だけど・・・どうせ僕は対象外だし」
 そう言いながらクロリスは席を外す。
「おいコラ待て―――」
 相棒の背中を追おうとして―――――
 しかし、椅子から体が動かないのに、気づく。
「な、何だぁ!?」
「・・・こんな豪華な椅子に薦めたってのが気になってたけど・・・やっぱり何かいろいろと施してありますか」
 すぐ隣に本棚のある、手近な壁にクロリスは背を預ける。
「勿論。ちなみにそこの本棚にも百ほど配置済みだから、下手に触れないほうがいいかも」
 ・・・無言で、本棚から距離を置いた。
「さーてと。死の重要性も知らずに軽々と“死”なんて言っちゃうような人にはきっっっつい体罰が必要だねえ」

 何故に。

 しかしあくまで嬉々として語る。勝手にエンジンがかかり、部屋に騒がしい機械音が溢れ、仕様なのか、やけに凶悪な、一つ一つがなにか赤く塗られているうえに尖っている刃が回転を始める。しかしそれを持つ学長は声色より更に嬉々とした表情で、その取り合わせがなんともいえない異様な様を映し、一層相手に恐怖感を与える。
 それを味わう対象となっているほうは、相棒に非難がましい視線と救難信号を発している。
「おいクロリス!いいのかよ体罰なんて!」
「非常識だからね・・・いいんじゃない?」
「そんな解釈があるかぁっ!」
「ほ〜ら見苦しいわよ。素直に覚悟を決めときなさい・・・・・ああ、残念ね・・・またこの子に新たな血を吸わせることになるとは・・・」
「何をどう覚悟しろってんだこれは!?」
 自由な上半身だけで、じたばたともがく。
「じゃあ強制的に」
 学長が指を鳴らせば、完全に動きが停止した。それでも唯一動くのは、
「うおおおおおおおおっ!」
 口だけらしい。どうにもならないことに変わりは無いが。
「さーてと。では切り捨て御免と!」
「ぬあああぁぁぁあああぁぁぁあああああっ!」
 学長が身の丈の半分以上はある凶器を振りかぶって、リーグが飛び切り大きな悲鳴を上げた。

とたん。

 ブワッ、という音と共に、真横から飛んできた火球によって、チェーンソーが吹き飛ばされ、壁近くの本棚に突き刺さった。衝撃でか、刃の回転も止まる。


「・・・学長、それ完全に振り切ってますよね」
 クロリスは腰の位置まで持ってきている相手の両手を指差しながら、同時に持っていた、本棚から一冊だけ抜いた赤い本―――――仕掛けのスイッチ―――――を戻す。
「へえ・・・私のブービートラップを利用するとは・・・やるじゃないの」
 やたら戦慄した声で、学長は返す。
「そんな生易しいもんじゃないと思いますけど。まあ、以前やられたのを憶えてたので。もっとも僕はリーグが丁度盾になって難を逃れましたけど」
「そっか・・・成程。一度使ったものは配置を変えておかないといけないかな・・・」
振り切った手を腰と口元に当てて、なにやら思案に徹しようとしている。深く入らないうちに言っときたいことは言っておこう。
「・・・ところで。リーグのほうは完全に失神してるんですけど」
「あらほんと。案外肝っ玉の小さいやつねえ」
「・・・・・・・・」
 あれだけやっといてそれはないだろ。
「いえ、吹っ飛んだ凶器の先にあった本棚の仕掛けが発動してるみたいなんですが・・・・・椅子に電流かかってません?」
 見ると、なんか痙攣が始まっているような。あら、という呟きの数秒後、彼女は思い切った発言をしてくれた。
「・・・うるさいから・・・ほっといちゃだめ?」
「理由には賛同しますけど。駄目です」


 既に何回目の仕切り直しか、改めて三人は席に着く。(リーグは失神したまま。)
「じゃあ頼んどくから。お土産よろしくね〜。個人的にはナイトメアの蹄とか森の人の禁呪が記されたスクロールを希望」
「希望したって予定外のものは持ってきませんよ。・・・ていうか両方とも無理でしょ」
「そりゃそうね。あ、そうそう。対策についてだけど、倉庫守にとりあえずこの書状持ってけば各種必要そうな装備は揃えてくれると思うから。全部念入りの特注品を」
「分かりました。では失礼します」
 そう言ってリーグの襟首を掴んだとき。
「ああ、ちょっと待って。最後に一つ」
「?」
 聞いたことの無いほど真剣な声で。
「先に言っておくけど、君、もしくは君のメンバーがやられたとしても、当局は一切・・・」
「失礼します」
「ああ、まだ全部言い終わってないのに〜」
 ずるずると相棒を引きずって、後ろ手に扉を閉めて学長室を後にした。


                    


「・・・はあ、疲れた」
 何回会っても、やっぱりあの人のペースにはついていけない。今回は自分に害があまり無かっただけ、多少はましだというところか。
「・・・いや、害はこれからだっけ」
 相棒を引きずりながら歩く。途中なにやらガンガンと音がしているが、今の自分にはそんなことに神経を使っている余裕がないほどにまいっているため、無視する。自分の部屋は三階だったか。一夜明けであることに思い至り、あまり疲労の無いのは何故かと思いつつ、かなり鈍足で、自分の部屋に向かう。
 その途中。

「・・・何やってんだ?お前ら」
見知った獣人に、声をかけられた。
「白石さん・・・」
 よう、なんて気さくに話しかけてくるのは、頭がライオン、体は人間という、典型的な獣人。名をガムド・ラ・ディグル・ホワイトストーンという。
 名前にホワイトストーンとあるためよく白石と呼ばれており、すでに本人公認にすらなっている。
 現在在籍五年目だが、すでに単位は完全に取得しており、面白いからという理由だけでこの一年を過ごそうとする秀才偉人。そのため最近は、専ら教授らの手伝いなんかをしているらしい。
「ははあ、さては学長のとこに呼び出されたってのはお前達か。こりゃまた大変だったな」
「大変も何も。毎回寿命が縮む思いですよ」
 肩を落としながら、ぼやく。
「はっは。お前の寿命ってのは何年あるんだよ、エルフ」
「ざっと千年ぐらいでしょうね」
「ならもうしばらくはもつんじゃないか?・・・もっとも相方は体のほうがもたなそうだが」
「・・・うるせえ、半化け」
「あ、起きた」
 白石は学院内で学長に次ぐ有名人であり、性格や人柄から人気も高い。そんな白石に唯一遠慮なく暴言を吐くのは・・・彼しかいないかもしれない。
 彼・・・リーグは目覚めと同時、謎の頭痛に顔をしかめた。
「なんだ・・・なんか頭が妙に痛えんだが」
「ああ、足持ってここまで引きずってきたからね。幾つか変な音がしてたのはそれだったのか」
「って、お前のせいかよコラ・・・」
 半眼で睨むリーグから、それとなくそっぽを向く。
「おや?いつものテンションが無いな」
「さっき学長室で心身ともに危険な状態になってましたから」
「・・・そういえばクロリス、使いの話はどうなったよ・・・」
「ああ、結局押し切られた。行くことになったよ」
「なにい!」
 そう言って掴みかかろうとして、
「・・・駄目だ。力入らん・・・・・」
 ずるずると崩れ落ちた。
「使いって、何頼まれたんだ?」
「これを取って来いってことだそうで」
 羊皮紙を白石に渡す。
「どれどれ・・・マウリスの葉、幹、根っこ各五つ、苔狼の胞子十個、アビシセシムを二十個・・・・・なんだこりゃ。狩りでもやって来いってのか?しかもほとんど危険なやつばっかだなこれは」
「この前学長が吹っ飛ばした部屋に保管されてたものです・・・超劇物安置してたとこの」
 若干強張った声で、獣人は断言する。
「・・・死刑宣告に等しいぞ、二人じゃ」
「やっぱりそう思います?」
「なんなら、俺もついていこうか?今ちょうど仕事が終わって暇してたところなんだ」
「いいんですか?危険なところなのに・・・」
「なら尚更可愛い後輩だけでは行かせられんだろう。しかもあの学長の使いっ走りでな」
 それに、と白石は付け足す。
「俺も精霊草ってのには興味がある。ものはついで、もし余分があれば手に入れたいと思ってな」


                   


 二人が去ったあと、学長室にはようやく静寂が訪れていた。
彼等の座っていた椅子に寝転んで、学長は一人、しばしの休息を取る。ここから先しばらく協会や学院会議なんかで摩擦が起こるから、数日徹夜になるかもしれない。
「少なくても・・・やらなきゃいけないことはこなさなきゃね」
「マスター」
 独り言に反応があった。起き上がりもせずに、彼女は答える。
「何?」
「あの二人・・・大丈夫なのですか」
 声は隣の壁の本棚から。いや正確には、それに突き刺さっているチェーンソーから響く。
「大丈夫大丈夫。彼等にはまだ、死期は遠いから」
「ですが・・・過酷過ぎでは?」
 しつこいチェーンソーに対し、いーの、と根拠を述べる。
「今日の私の運勢は大吉幸福絶対安穏。あの子達がどんな事になったって、私のところに必ず目的のものは届くから」
「・・・・・」
 それでは答えになっていないが。
使い魔である“それ”には、主人の意向に逆らうような真似はしない。

 不安そうなチェーンソーの様子を無視して、魔法使いは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
メンテ
Re: ”風琴” ( No.4 )
日時: 2004/10/11 23:55
名前: AL.

  『螺旋交錯〜運命』


「私はいつか、きっと貴女を殺します」


 彼女は私に向かって、去り際にそんな事を言った。


 その少女は一年目からしょっちゅう私の部屋に来ては、いろいろと話を弾ませていた。
 特に目立った成績もなく、別段明るくも暗くも無く、これと言える特徴を持たない院生だった。
 未来について。夢について。現実について。時には、世界についてなんて、なかなかに哲学的な話もしていた。
 唯一特徴的なのは、雰囲気。
 どことなく儚げで、しかし不可思議で、でも優しくて、そんな混沌とした独特の雰囲気があったのだ。
 目はいつも遠くを見ているようで、自分達とは違う何かを感じているような子だった。
 それはすぐにでも壊れそうなほど、とても純粋で―――――純粋すぎて、不気味さを覚えるほどに。
 彼女は週に一度は私の部屋に遊びに来ては、いろいろな事を語り合った。
 私は最初、おかしな子だと思っていた。自分のような多少まわりとずれているらしい存在と話をするなんて、よほどの物好きだ―――――と。
しかし彼女は何度も来た。一年、二年と話すたび、その子は俗に言えば親友ともいえるところまで、私の中で大きな位置を占めるようになった。

 ・・・そして。彼女が学院の四年目を終えようとしているとき。
 彼女は私に、こんな問いを投げかけた。





「学長、貴女は、運命って信じますか?」








 前を見る。・・・真っ白で何も見えない。
 右を見る。・・・・同じく、何も見えない。
 左を見る。・・・・・辛うじて、何かの輪郭が見える程度。
 後ろを見る。すぐ近くに、二人の人影があった。
 一人は鳶色の髪をした、身の丈程もあろうかという大剣を担いだ白衣の人間で。
 一人はライオンの頭をした、学院指定のローブの下に大小様々な装備を施した獣人。
「・・・なんか、すごくゲームじみてきてない?この状況」
「文句言うなっての。・・・確かにそうだけどよ」
「まったくだな。しかしまあ、お前らがここまで出来る奴らだとは、正直驚いたぞ」
 自分の周り数メートルしか見えない濃霧の中。
 出てきたモンスターを片っ端から薙倒して、ドロップ品を手に入れるというRPGの王道作業を五時間ぶっ続けで行い、とりあえずあとは本命の精霊草だけとなったのだが、途中出現したこの濃霧のおかげで完全に方向を見失い、下手に動けない状況に瀕している。
「しかしまあ、思った以上に多かったな。ま、おかげで早く終わったのはいいけどよ」
 この状況下で全く気楽に、“いい汗掻いた”という辺りの満足感を堪能しているのは、パーティ中最も血気盛んなリーグである。
「というか、君が見つけるなり真っ先に突っ込んでって一撃でマウリスを両断してるのには驚いたけど・・・学長のクソヤロウだの叫びながら」
「あんな食人植物ごときで俺の怒りが収まるかっての。まあそれでも量は多かったからな。おかげで大分ストレス発散したぜ。ドロップ品は確実に出るから一挙両得ってやつだ」
「・・・問題なのは確実に落とすかわりに死骸から劇物を引っぺがす作業が大変だってとこだけどね」
 唯一ゲームどうりに行かないところがそこだ。さすがにアイテムの状態で出てくるわけにはいかない。更にいかんせん、ほとんどが劇物である。扱いは当然慎重にしなければいけない。手に入れた採取品は持ちやすいように質量を圧縮して保管用の真空ビンの中に種類別に分けて置いておく。これは学長からの提案によるものだ。
「違う種類のをまとめて近くに置いとくと、共鳴したり反発したりして半径5メートルくらいが焦土になっちゃう組み合わせがあるから気をつけてね〜」
 ということらしい。だったら無理に持たせるな、と言いたいが、反発すればどんな仕掛けが返ってくるか分からないあの部屋では、無理な意見は愚の骨頂だ。
「しかし・・・霧がかなり深いな。こう動けないときになんかがやってこられるとまずいな」
 そう冷静に状況を分析しているのは白石。ローブの下の装備はどれも身長2メートル以上はある彼宛の特注品で、尚且つ全てがかなりの効力を秘めている。体に纏う鎧のようなものには物理、上に羽織るローブには魔力に対しての対抗呪術が施してあるうえ、各部位にある大小様々なアクセサリーは全て補助や能力増進にあてられるものだ。全て併せて20キロ以上はあろう装備をしているため、どこかの騎士団のような風貌にも見える。この長丁場を経て悠々としているというのはやはり、獣人と人や妖精族では基礎体力的なものが違うのだろう。
 三人の特性をゲーム風に言うのならば、リーグが物理攻撃、クロリスが魔法補助、白石が万能、といったところか。
 実際かなりバランスの取れているパーティなのだが、当の本人達は特に気にもしない。
「こちらは荒らした側だ。すでに森に怒りを買っているのは間違いないだろう。同じ場所に停滞しているのは危険だ」
 確かに、と頷く。彼らのテリトリーを犯したのはこちらだ。彼等森の住人にとって霧など日常茶飯事だろう。相手が霧の影響を受けているとは考えにくい。
「ですが、これではろくに方向も掴めません。無理に進んで迷うのも問題ですよ」
「ああ。どうする? 待ってやりあうか、進んで迷うか。どちらにしろ危険だが、どちらが楽かと言えば後者だ。もっともそれでも、途中で敵に遭遇する可能性も否定できんが」
「どうせ森の中にいれば、どこでだって怪物は出てくるだろ。だったら狙われるのを待ってるよりは進んだほうがいいんじゃねえか?」
 確かにそれには一理ある。集団で襲ってくる可能性を考えると、ここは動いたほうが得策だ。
「そうだね。じゃあ動きましょう。方向は白石さんにお任せします」
「そうか。・・・なら、こっちに行ってみるか」
 そう言って先頭を白石が歩く。後に二人が続く。
「大丈夫かよ? こっちであってんのか? 半化けよう」
「どのみち方向なんて、この際無意味だ。霧さえ晴れれば空の天体で方向は分かる。それさえ出来れば学院にも戻ることはできるだろう。ようは当てずっぽうでいいから、とりあえず歩いて囲まれないようにしながら霧が晴れるのを待つ。話はそれからだな」
 ・・・問題は、何時になれば霧が晴れるか、ってことなんだけど。
クロリスがそう思ったとき。

前を歩いていた白石が、止まった。

「・・・半化け? どうしたよ」
反応は無い。リーグと顔を見合わせる。
「・・・どうしましたか? 白石さ―――――」
 ん、を言う前に気づいて、クロリスは息を飲んだ。
「おい、二人とも、どうした?」
「・・・ああ、どうやら」
 一番感覚の鈍い人間であるリーグは、周囲の変化をまだ察知できないが。
 クロリスと白石は、思わず動けなくなる程のの威圧感と圧迫感を感じていた。
「・・・お喋りが・・・長すぎたらしいな」
 既に遅かったらしい。


 周りには、無数の気配が、こちらに殺気を放ちながら蠢いている。








「運命・・・か。なかなかに難しい質問だねえ。それって」



「そうですか?貴女が好きな部類に入ると思いますけど」
 確かにそれは事実ではあった。こういった意味が曖昧で、決まったカタチの存在しないものは私としてはいい研究対象だ。思想が多種多様なのも、また妙だ。
「そうだね・・・あまり好きとは言えないけど・・・信じてるよ。一応は」
 その答えに、彼女は少し驚いたふうだった。
「そうですか・・・? 貴女はどちらかというと、自由奔放にどこまでも行ってしまいそうな人なのに」
「あはは。まあ、傍から見ればそうなるかな。でもね―――――」



私は、私の思想を、語り出す。
今までと同じように。
そして、これが最後になると知らぬまま。








・・・交錯は一瞬のみ。
先の見えない真っ白な壁の中から飛び出してくる鞭を手に持つ短刀で捌きながら、真横からの一撃を跳躍してかわす。着地する瞬間に真上から打ち下ろされてきた植物の蔓のような鞭は、寸前で隣から伸びた大剣が中ほどから切り飛ばし、頭の上を通り越して見当外れの方向に飛び・・・また霧の向こうに消えていった。数秒後、着地音と振動が伝わってくる。
濃霧は一向に晴れる気配もみせず、じわじわと距離を詰めてくる圧迫感は不安と焦りを掻き立てる。身動きが取れなくなってから10分程。背中合わせに3方向を見張りながら、止め処なく襲い掛かる猛攻をひたすら受け続ける。
だが、長丁場を越えた体には、少々荷が重い。
 既に体のあちこちに擦り傷を作り、衝撃を受け続けた短剣は今にも壊れそうで、体はガタがきはじめている。向こうにはこちらの位置が分かっているようだが、こちらは濃霧で大まかにしか察知できない。攻撃に転ずるにしても敵の姿は判別できておらず、逃げようにも囲まれている上に満足な視界は無い。しかたなく防戦に徹しているわけだが、そろそろ限界だろう。だが攻撃するにしろ逃走するにしろ、結局同じ理由で危険だ。こうも見えなくては、はぐれる可能性も高い。一人になったところを狙われては、間違いなく死が待っている。
「どうします?・・・このままだと確実に僕らこの場で養分にされそうですけど」
「かといって反撃はおろか脱出も望めない。だが待ってれば包囲の輪が閉じる、か。・・・まいったな、打つ手がない」
「え〜い半化け野郎、おめーがこっちに移動するから・・・!」
「どの方向だって大差ないってば。ただ多少地形が違うだけで・・・ねっ!」
 振り下ろされた鞭を、軋む体を無視して横っ飛びにかわす。
「おのれ学長めが、焼いちまえば早いってのになんで火気厳禁なんだよこの森!」
「森に火なんて付けたらそれこそやばい事になるだろうが。消火作業にいったいどれだけかかると思ってる」
「んなこと気にしてる場合かよ!このまんまじゃ三人揃って栄養搾り取られて干からびちまうぞ!」
「その後の肉すら苔狼に喰われるし、骨すら溶かされて翌日には跡形も残らないと思うけど」
「冷静に嫌な想像すんな!・・・どうする!?」
 どうするも何も。この霧が晴れない限りはどうしようも―――――
(・・・霧?)
 そうだ。元はと言えばこの霧さえなければ万事オッケーなのだ。霧だけならなんとかなる。
(だけど、問題は・・・・・)
 再びの轟音。全員を一文字に薙ぎ払おうという横降りの一撃をしゃがんでやりすごす。
(大体のパターンは掴めてきたけど)
 横降りの後には、叩き潰さんとする振り下ろしならぬ振り落とし。自分に突っ込んでくる凶悪な一撃を、しゃがんだ姿勢から横に転がってさける。
(どちらにしろ防ぎようがないし・・・時間が足りない)
 その鞭は直径一メートルはあろうかというほどの巨大さ。地に叩きつけられるだけで振動で立つことさえままならない。今追い討ちが来ていたらおそらく終わりだっただろう。その全てが、自分達にとって即死級の威力であることは見て取れる。
「・・・二人とも、いい?」
 敵の攻撃の隙に、尋ねる。
「僕に、少し時間が欲しい。・・・物理的には無理なら、摂理で対抗していくしかない」
 リーグはすぐに理解する。
「・・・ようは少しの間手出しさせるなって訳だな?」
「うん。・・・やってもらえる?」
「どうせできることもない。ならお前の策に賭けるしかないだろうな」
 白石も同調する。
「じゃあ、頼んだからな。失敗したら俺が殺す」
「そんときゃもう冥界行ってるよ。ますます殺されちゃたまらないね」
 お互いに意志はそれだけで通じる。白石は籠手のついた太い腕に杖なんだか剣なんだかよく分からない武器を片手に、クラウチングスタートのような構えに―――――間違いなく、突貫の姿勢をとる。
「では行くか。・・・無茶はするなよ!」
「発端が無茶苦茶だってのに、今更なにもねえよ!」
 轟音が近づく。再び、巨大な鞭が白い壁を突っ切って振り下ろされる。
 リーグは跳躍し、それを下から横に切り裂く。丸太をゆうに越える蔓が地に落ちる前に、大剣を持った男と獣人は白くそびえる壁の向こうへ消えていた。
 気配が、動く。
 標的を鮮明に捉えた怪物が、一斉に二人へと向かっていく。
 轟音が全方向から押し寄せてくる。防戦は交戦に変わり、しかし状況は以前変わらない。
 なら、それを砕く手段は。要因は。作られた時間は僅か。迷いは・・・無い。




「―――――御身に知りて。契約者は己が内に。吾が執行の礎とならん―――――」



 ―――――轟音の中、詠唱が始まる。




メンテ
Re: ”風琴” ( No.5 )
日時: 2004/10/11 23:56
名前: AL.






「・・・でもね、運命って、ヒトが存在していく上では、必ずなくてはならないものだと思うんだ。
 運命っていう言葉は、私はヒトが自慰をするためにあるんじゃないか、って思う。“それは運命だ”、なんていって諦めたり認めたりすることってあるでしょ?でもそれって、自分がしたことを“運命”なんて言葉でなにか自分じゃない、別の力が起こしたようにして安心したいのよ。自分がやったことじゃないから、物事は簡単に許容できる。そうすれば納得がいくから、素直に諦めもつくし、より一層自信が出る。自分の行いじゃないから、やましい部分なんかは一切無いものに出来る。・・・その行為自体がやましいと気が付かずに。
 そこに自分の意志が無いのよ。運命ってのは。だから素直に受け入れるしか、ない。そうやって逃げてるわけ。・・・・・本当に、卑怯な言葉だと思う。だから、嫌い。
 でもね、それがないと、ヒトってのはやってけない。なにかに罪を被せずにはいられないの。その行為自体が罪だと知っていても、それすら同じ罪を繰り返して隠してる。それでも罪だってことに気づくまでは、安全でいられるから。
ココロが安定していないといけない。していないと怖い。だから、隠す。一時の、仮初めの安らぎを得るために。運命という架空の偽善者に罪を被せて。・・・そんな風に、思うんだ」
「・・・でも、貴女は信じているのでしょう?」
「うん。運命って、よく乗り越えていくものだ、っていうでしょ? 私はそれが嫌い。運命っていうのはなくてはいけないの。ヒトが少しでも平穏を手に入れるためには、絶対に必要なもの。・・・それにさ、運命は、全てを識(し)っているからこそ運命なの。運命の先になんて行くことはできない。皆誰もが、違う運命(さだめ)を持って、それでも同じように生きている。それに例外は無い。運命という言葉がある限りね。
 でもね、運命は変わるものだと思う。誰しも、決められた運命なんて無い。これが運命だと決めるのは自分。全ての命運は私の中にある。
 だから、私は運命を信じてる。信じるも何も、私の運命は常に、今、この瞬間なんだから――――――」








 大剣を振り上げて、一面の白に向かって飛び込む。
(・・・こりゃあ・・・ドンピシャか?)
敵の輪郭が分かるほどに近づいた。大体、五匹ほどの食人植物の影がある。木と間違わんというほどの巨大な影。先程からの鞭はこいつのものだ。
・・・あいつはやっかいだ。今クロリスを狙われるわけにはいかねえ。
それでは、例え生き延びても、アイツに申し開きが立たない。

地に着地したとたん、一気に踏み込む。敵まではもう十メートルない。ここで一気に邪魔な奴は倒す。・・・そう意気込んで跳ぼうとしたとき、

前から、黒い輪郭が、形を成しながら、自分に向かって―――――

「んなっ!?」
 漏らした響きには不意をつかれた感があったが、体は勝手に動いてくれた。とっさに飛ぶ方向を真上に変え、突進から退避する。
「・・・苔狼か、ったく」
 名前のとおり、体に苔が群生している奇妙な狼だ。・・・別にヤドカリとイソギンチャクみたいにただ付いてるって分けじゃないらしいが・・・そんなことはどうでもいい。
今の突進は間違いなく首筋狙い。退避できていなければ終わっていたか。
「邪魔だってんだ!」
 逆に首に大剣を落とす。落下の威力も相まって、あっけないほどに切断された。
 着地と苔狼の体が崩れ落ちるのは同時。着地の振動に顔をしかめつつ、無理矢理に前へ。轟音とともに突き込まれた蔓を切り飛ばし、自分の間合いに敵を入れる。腰溜めに剣を構えて・・・後は、薙ぐだけ。
 の、筈だったが。
「っ!!・・・またかよ!」
 苔狼は、まるでそれを見越していたかのように死角・・・隆起した地面の裏から飛び出してきた。
 数匹に腕、足に喰らい付かれ、体に酷く鈍い痛みが走る。
 だが。
「しゃらくせえっ!」
 こんなもんは、学長室に入り浸ってりゃしょっちゅうだってんだ!
 痛みは無視。勢いに任せて大剣を薙ぐ。大木のシルエットをした二体のマウリスは、人間で言えば胴の辺りを両断されて行動を停止した。
 再び着地。同時にあちこちから雨のごとく上空より跳びかかる苔狼を、空中で振り切った大剣の勢いを殺さず、一回転して再度薙ぐ。数体は刃に当たって生命活動を停止。他は気合で吹き飛ばす。牙の引っ掛かりが甘かったのか、ついでに体に付いた数体が吹き飛んでいく。その勢いのまま、返り血を浴びる前に次の標的に跳ぶ。
 体は止まらない。いや、止まれない。止まれば終わる。こちらに来ることを予期していたかのように沸いてくる苔狼は、次々に数を増やしていく。木の根によってところどころ隆起した地形は、獲物に見つからぬよう身を隠すには絶好の場所だ。
 最初からこれが目的だったのか。見えない遠くからしか狙ってこなかったのは、こちらを誘うためのものか。
「・・・どういう知能してんだよこいつらは・・・・・」
 三体目のマウリスを両断しながらぼやく。あと二つ。最初見た位置からして、大体10メートルほどか。
標的の食人植物までは苔狼の溜まり場。推定約30匹ほど。時間は無い。もとより、考える必要も無い。やることなんて、一つなのだから。
「・・・・・・・どけ。おめーらは後回しだ」
 走る。携えた大剣の重みすら感じさせない勢いで。
 それに応じるかのごとく、狼の群れも向かってくる。この量に飛びつかれれば、確実に終わりだろう。だがこちらも、ただ突っ込むだけの馬鹿ではない。
 ・・・・・気に呼応する剣、とかいってたな。
 倉庫守の言っていたこと・・・血の気の多いお前さんにならぴったりだ、とかなんとか。確かに何か、振る度に力場が生まれていたようには感じていた。今この状況、試すにはもってこい―――――
「うおおおおおおおっっっらぁ!!!」
 気合一閃。
群れにぶち当たる数メートル前に、地をかち割らんと大剣を叩き込む。

と。


ひゅごう!


「うっおぉ!?」
剣が打ち込まれた部分から生じた亀裂はたちまち狼の群れを巻き込み、同時に大きすぎてまともに聞こえなくなるほどの爆撃音とともに、地面より噴き出した爆炎にも似た何かが、奈落に落ちた狼達を一瞬で消滅させた。
 自分でも信じがたい威力をもって、目の前にいた狼はおろか、向こうの標的も燃え尽きてしまったらしい。幸い炎は擬似的なもので、周囲に引火はしないみたいだが。
「・・・・・・・・・・ちとやりすぎたか?」
 頭をぽりぽりと掻く。さすがにこれはやばかったか。今なら爆炎が霧を吹き飛ばしていてよく見えるが、引火しないのはよしとしても、広範囲にわたって地割れが起きてしまっている。
「・・・・・・ま、いっか」
 叩き込んだ剣を肩に担ぎながらぼやく。どちらにしろ結果オーライだ。一気に倒せたわけだし。自分はこういったことについての頭の切り替えが得意だと自負している。
 ・・・それに、そういつまでも驚いてはいられない。
 霧が再び周囲を覆う。視界は再び狭くなる。・・・気配は、増える。

 まだ、終わってはいなかった。







 いうなれば詠唱とは、自らの精神安定、及び高揚を主目的とした行動であり、決して魔術の類に必要なものではない。達人級の術者であれば、詠唱の予備動作など必要とせずとも、瞬時に発現させられるとのこと。
 基本として魔術を用いるに際し、必要な行動は魔術式の構成と力の顕現だけである。ただしその途中にはその土地独自が発する力の制御、自身の制御、顕現後の安定した発現、標的の選別に拡散、その全てにおいて前提として、術者の精神集中力が不可欠となる。
 まずその前提をこなす作業として、詠唱がある。脳に刻まれた詩は自らに力をもたらし、発現を容易にさせる。
 詠唱には決められたものはない。あくまで主目的は精神安定にあるため、自己を鼓舞させる科白さえあればいいのだ。
 ただし詠唱は、全く必要ない動作ではない。
 詠唱が短ければ発現が早いのは道理だが、詠唱による精神高揚と意味付けが大きくなるほど、魔術の規模が巨大なものになるのも当然。強い力が必要となればなるほど、決まって詠唱は長くなる。それは強力な術者であろうと、例外ではない。
 魔術師の強さの概念は、より強力な力を、どれほどの詠唱で発現させられるか、にある。



「―――――吾が意志は主の内に
 ―――――吾が思いは神気の糧と
 ―――――吾が身を力とし、吾が身を依り代とせよ」

轟音ががなりたててくる。
こちらを一撃せんと向かってきた蔓は、しかし逸れて足元を打つ。
地が揺れた。しかしクロリスは動じない。目を閉じ、全てを委ねる。

「統べるは天、翔るは地。

ここに在るは供物。

捧げるは主なる御許に」

 浮遊感を感じる。地が、大気が、自然が同調し、揺らぎ、力が集中する。
 周囲に光が満ちる。この輝きは大地の糧。自らを自然の一部とし、その力を行使する。
 風が体を包む。それに溶け込み、自らが風となる。

「・・・この代価をもって―――――」

目を見開く。見えるのは空。下には森が。宙に浮いている様は、どこか安らぎを得ていた。
 二人が見える。その周囲の怪物達が見える。学院が見える。全てが・・・自然となった今、全てが見通せる。
 そして、ここに、詩が完成する。


「―――――御身の代行を果たさん!」


 刹那、自分の体は一陣の矢となって、森の中に吹き荒れた。








「・・・・・そう、ですか。・・・でも、やっぱり貴女らしいですね」
 彼女は何故か悲しげに微笑んで、そんなことを呟いた。
「そうかな?」
「ええ、とても。・・・本当に、貴女らしい―――――」
そう言って彼女は俯いてしまった。・・・その様子に、なんとなく、予感がした。

・・・思えば、この時。
何か言ってあげていれば、運命は、変わっただろうか。

「―――――本当に、運命っていうのは・・・皮肉です」
 彼女からいつもの独特の雰囲気はない。あるのはただ、怒りと悲しみに苦しみを滲ませた、不安定な激情。
彼女は俯きながら、何かを堪えるように告げてきた。
・・・別れの、始まりを。
「・・・私、聞いてしまったんです。貴女が・・・犯人だったと」
「・・・・・・そう、・・・か」
 何故知ったのか、という考えは浮かばなかった。ただ、隠していた事と知られてしまったという事実が、急速に脳内を侵食していく。
「・・・やっぱり・・・分かってたんですね」
「・・・・・・うん。名前と雰囲気で。あなたが彼らの娘だっていうことは、入ってきたときから、ずっと」
 震える体を抱くようにして、俯きからキッっと私を睨む彼女の目には、今まで見られなかった強い意志。遠くを見ていた虚ろな瞳は消えている。
「・・・何故、言ってくれなかったんです!?貴女が言ってさえくれれば、私は・・・・・!」
「私にとっても、あれは悪夢なんだ。・・・どんな因果であろうと、もう、二度と、あれを思い出そうとは思わない。いや、思い出したくは無い。・・・だから、もう、私はあれのことは一切語らない」
「ふざけないで! 自分ひとりで、納得して終わらせるつもり!? 貴女が何も語らなければ、私はいったい何をすればいいっていうの・・・・・・!」
 尻すぼみになっていく言葉。意志のこもった瞳からは涙が溢れている。
「・・・・・・」
 私は答えない。否、答えることなど出来はしない。私はあのことについて、全てを閉ざしてしまったから。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 しばらくお互いに、なにも語らない。こんなことはこの四年間で一度として無かった。
 事実を知った彼女と私の確執は、完全に二人を引き離していく。
「・・・・・・もう、いいわ」
 彼女は告げた。再び純粋なる不気味さを纏った、虚ろな瞳で。
「貴女が話さないというのなら、こちらからするしかない」
彼女の目からは、未だ涙の筋が。
しかし私は答えない。運命の方向は、交錯から遊離へと変わる。
彼女は扉に向かっていく。最後になると、何か言葉を発しようとした私を、学長、という彼女の言葉が停止させた。

そして彼女は、振り向きざまに、意志の無い瞳で私に告げたのだ。



「・・・私はいつか、きっと貴女を―――――――――――殺します」



 そう言い残して、扉は閉まる。
 彼女は、その日以来、学院からも姿を消した。
彼女との繋がりは、完全に断絶した。







「お疲れ様。なんとか間に合ってよかった」
 霧の消えた森の中。やたら獣の噛み跡を体中につけたリーグと、全くもって大したダメージを負っていないように見える白石と合流して、とりあえず円を描いてあぐらを掻いて、一息ついているといった状況である。
「しかし、突風とかまいたちか。はてまた大層なものを紡ぐもんだ」
 クロリスの放った魔術は見事に発現し、辺り一帯を突風と真空波で根こそぎ削いでいき、見事に怪物のほとんどを消滅させた次第である。
「本当に相変わらず規模だけはでけえんだよな。おかげで何箇所か掠ったけどよ」
「あれ?おかしいな。ちゃんと数本はお前を狙ったはずだったけど・・・」
「殺す!」
地団駄とものすごい剣幕と共にリーグが起き上がる。
「冗談だって。とりあえず日が沈む前に終わらせちゃおう。白石さん、今の場所分かります?」
「場所は分からんが・・・・・・まあとりあえず、目的地には着いたんじゃないか?」
え、と疑問符を浮かべるた隣で、白石さんが指差している方向には。
真空波によって切り取られた隆起の、大分向こうに。
小さな滝と、ほのかな光が見えて―――――


所要時間約八時間半。三人は目的を果たし、無事、学院内学長室へと帰還した。








 扉が閉まり。
 誰もいなくなった学長室で、一人、彼女の言葉を噛み締める。
「貴女を・・・殺す、か・・・・・・」
 まあ当然といえば当然。
 私が受ける罪としては、少々少ないくらいかもしれないが。
「・・・・・・・・・いいじゃないの。待ってるからね―――――もう一度、あなたが扉をノックしにくるのを」
 そのときは、語り合いにはならないか。
 なんたって、私は。




彼女の両親を、見るも無残に、殺したのだから。




 時計が鳴る。アンティークものの時計は、ボーン、と無機質な鐘の音を鳴らす。
時刻は五時。西日は沈み、夜の時間がやってくる。


 ・・・それが、何年たっても彼女を忘れられない理由。




――――――――――全ては、これを軸に、動く、運命なら―――――――――――
メンテ

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