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雨露
日時: 2004/12/28 12:37
名前: FourRami
参照: http://four-rami.hp.infoseek.co.jp/

初めまして。此方の掲示板で投稿するのは初めてです。
どうか宜しくお願いします。

一応時代風小説です。
感想など頂けたら幸いです。
メンテ
Page: [1]

Re: 雨露 ( No.1 )
日時: 2004/12/28 12:38
名前: FourRami
参照: http://four-rami.hp.infoseek.co.jp/






北国街道の宿場町・・・。
そこの蕎麦屋に二人の男がいた。
一人は見た目は三十路に入ったくらいの痩せ男。この時代の者にしては珍しく丁髷を結っていないスタイルである。
対して片方は体格はどっしりとした巨漢。髪の毛はうっすらとあるが到底多いとは言えない。
しかし両人共通し、刀を持っていた。
痩せ男は日本刀を二本、大男は大刀を一本、自らの傍らに大切そうに置いてあった。
大刀の大きさは軽く(現代風に)2メートルは超えている。勿論鞘に収まるハズが無く、簡単に布で覆っているだけである。
「・・・和尚。貴殿は何を召される?」
痩せ男は大男に対して訊ねた。
「う〜む。私は一応仏に仕える身。普通の盛蕎麦を頂きたい。」
「では拙者も。」
二つ盛蕎麦を店の者に頼むとのんびりお茶の味を楽しんだ。
数分後、注文した盛蕎麦が届くと早速箸を手に持った。
手を合わせて合唱すると早速蕎麦をダシに付ける。
ずずずっ、と口の中に入れると蕎麦の香りが広がった。
「うむ、美味。のう、和尚。」
“和尚”と呼ばれる者は只黙々と蕎麦を口に運ぶ。
対して痩せ男は蕎麦の味を堪能しながら味わっている。
そうこうしている内に痩せ男は3分の2を食べ終えたところで席を立った。
残りは和尚が処理して全て平らげた。
和尚は空になった皿の前で合唱し、のっそりと席を立った。
「毎度。」店の主が涸れそうな声でお客を送り出した。


外に出ると、太陽の光は道を旅する者に容赦なく照りつけていた。
編み笠を被っても長い間旅をしてきたせいか穴が転々と空いている。そこから太陽の光が入ってくる。
幸い海沿いに街道があり、海からの潮風と防砂に植えられた松の木陰で幾ばくかは暑さは和らげていた。
先を急ぐわけでもなく、のんびり景色を堪能しているわけもなく普通の旅人の速さで歩いた。
と、行き先で何やらもめ事が起きているのが見えた。
「む。和尚。なにやら起きているようですね。」
「・・・私は遠慮させて頂きます。この図体ですので目立ちます。」
「では拙者のみで行かせていただきます。」
「その方が宜しいですね。では私は先に行っていますので・・・。」
和尚は体に似合わず俊敏に走った。無論あの大きな刀を肩に携えて。

人集りのある場所に人をかき分けて行ってみると材木が散乱していた。
さらに直径1メートルもある大木が女性の上にのし掛かっていた。
話を聞くところに寄ると御神木を運んでいる連中が松の木に御神木を立て掛けて置いて休憩していると松の木が重みに耐えきれず折れてしまった。
そこに偶然通り掛かった若い女性が運悪く下敷きになったとか。
その材木は御神木の下に入れてコロコロと運ぶ為に使われていたらしい。
「おい、どうするべか。」
「この御神木は大の男30人はいないと動かすことすら出来ないだ。」
「・・・拙者に任せろ。」
先程の痩せ男が大きな御神木の前に立った。
ざわざわとしている観衆が徐々に静かになっていく。
辺りには風に揺れる松の枝の音と海の漣しか聞こえなくなった。
侍は瞼を閉じて自然体の立ち振る舞い。
カッと目を開くと刀の柄に手をかけてサッと大木を切った。
おぉっ、と周りの旅人は歓声を上げた。
女性は今がチャンスとばかりにそそくさと木の下から解放された。
しかし運び手の顔は一瞬にして蒼白となった。
「お、おい!お前さん。御神木を真っ二つに切りやがって・・・。罰が当たるべ。」
「心配御無用。さ、手伝って下され。」
侍は一生懸命二つになった丸太をくっつけようとした。
何が何だかわからないが運び手も手伝う。
切り口を重ねてみるとなんと元に戻ったではありませんか!
「おぉ、何事だべか!?」
「ご、御神木に神様の力が乗り移ったのだべか!?」
日本という狭い国で数える程しか使える者がいない神業とも言える剣技「戻し斬り」。
切り口の細胞を壊さず切ることにより、後々切り口を合わせると見事切る前と変わりないようにくっつくのである。
それにはタイミングと巧みな技が必要とされるため、使い手は滅多と言うほど現れない。
そんな凡人には何が起こったのかわからずガヤガヤとしている間に侍はスタスタと歩き始めた。
そこに先程下敷きになっていた女性が近付いてきた。
「あの・・・ありがとうございます!!!このご恩一生忘れません!」
「これはわざわざ丁寧に・・・。感謝致す。」
「あの、お侍様のお名前を伺って宜しいでしょうか?」
「拙者?拙者の名は坂本永禮(さかもとながれ)。全国を旅する浪人也。」



『雨露』 作:FourRami
メンテ
Re: 雨露 ( No.2 )
日時: 2004/12/28 19:37
名前: ゴズィラ  <yamanaka61jp@yahoo.co.jp>
参照: http://www.musou.up-jp.com/

FourRamiさん、小説を投稿して下さり、誠に有難う
ございました。早速、丁寧に読ませて頂きました!
時代劇風の小説は、中々表現が難しく、私はそういった
設定の小説は絶対に書けません…。しかしFourRamiさんは
時代劇風の小説で問われるであろう、"細かい表現力"を
見事に表していますよね。情景描写…台詞の言い回し
など、総合的に立派な小説に出来上がっていると思い
ます!

長々と失礼しました。また、お暇な時に気軽にご利用
くださいませ
メンテ
Re: 雨露 ( No.3 )
日時: 2004/12/29 12:24
名前: FourRami
参照: http://four-rami.hp.infoseek.co.jp/





女性はペコリと頭を深々と下げると夏の北国街道へ足を進めた。
それを見送ると坂本は女性とは反対方向へ先を急いだ。
先刻も書いたが、“和尚”が先に行っているからである。
だが体が大きいので直ぐに息を切らして何処かの茶屋で腰を降ろして団子でも食らっているに違いない。
そんなに急ぐでもなく、早足で歩くことにした。


坂本の予想通り茶屋で団子を食らっていた。
「遅かったな。坂本殿。」
合図のように手を挙げるが、その手には串団子が。
既に何本かは満たされていない腹に収められているらしく、皿が何枚か重ねられていた。
「和尚殿の食欲は何時になったら満たされるのでしょうか。」
「はははっ。まだ何本もいけますぞ。」
冗談で言ったハズが真に受けて聞こえたらしい。
それに溜め息を吐き出してこれ以上食べないように勘定を頼んだ。
最後の串団子も一口で食べ終わると口に含みながらまた歩き始めた。
「・・・この調子なら行程通りあと3日で琵琶湖を望めますぞ。」
歩きながら坂本は話す。口には途中道端に生えていた雑草をくわえて。『武士は食わねど高楊枝』といった所か。
余程串団子が食べられなかったことが悔しいみたいだ。
そんな心境をいざ知らずに歩く和尚。
「私達は本当に近江に入ることが目的でしょうか。」
「さぁ。拙者にはわからない。終わることのない旅だと思うので、安息の地を求めるにはまだ年齢が早いですよ。和尚。」
「私は近江では訪ねたい場所がある。その場所では個別行動をしたい。それでも良いでしょうか?」
飄々と笑顔を絶やさない和尚が珍しく真剣な顔をして話した。
「まだ着いていないのでわかりませんが、今のところ構いませんよ。」
坂本は素っ気なく返事を返す。
感謝致す、と和尚は手を合わせて感謝したが気付いているのか気付いていないのかスタスタと足を止めることなく歩いていた。



夕暮れになり、宿場町が近くなってきた。
「どうします?今夜の宿はあそこにしませんか?」和尚が訊ねた。
「拙者はあと数里先の宿場町の方が都合が良いと考えるが。如何致す?」
どちらも決めかねていた。この先の宿場まで行くまでに確実に陽が落ちているだろう。
そうなると夜盗が出てくる可能性が高くなり、持ち金はおろか命まで奪われてしまうやもしれぬ。
無難に近場の宿場で一夜を明かすのが最善。しかし明日の行程を考えると平地続きの次の宿場まで行った方が明日歩く距離は少なくなる。
それに明日は峠越えが待ち構えている。今日多く歩いて少しでも距離を稼いでおきたい。
しかし考えている暇もない。ぐずぐずしていたら陽が落ちる。
「・・・先を急ぎますか。」和尚は決断した。
「ですね。」相槌を打つように返事を返す。
善は急げ、とばかりに二の足を踏み出すスピードが早くなった。
幸い日が沈むまで時間があった。なんとか周りが暗くなる前に次の宿場に着いた。



部屋に通されると今日一日の疲れを癒やすことにした。
朝早くに起きてから陽が落ちるまで食事・休憩を挟んで何時間もぶっ通しで歩き続けているからだ。
旅籠の食事を済ませると坂本は風呂へ一路直行した。
風呂まで少し距離はあったが温泉が源泉かけ流しだったので早速温泉を堪能しに向かった。
ざぱぁっ、と豪快に入ると疲れが染み出る快感に陥った。
「あぁ〜。」
誰もいないので誰隔たりなく大声を上げた。
手勺で水を掬うと顔に運んで顔を洗う。
昼間にかいた汗が疲れと共に温泉の中に染み出るような気分になる。
風呂から上がると草むらの方へ歩いていった。
誰もいないはずの周りを伺いながら草むらの奥深くへ進んでいった。
「・・・鳥。」囁いたような声でボソッと呟いた。
その声は木の葉が擦れる音でも聞こえないような音で。
「魚。」木の上から声が聞こえた。人が居る。
「我々は明日には山を越える。近江に入ったらどうすれば良いのだ?」
「上からの命令はまだ下されていない。3日後、琵琶湖の甲の場にて待つ。追々詳細を話す。」
「了解。その時に路銀の手配を上に頼む。」
「心得た。では3日後。」
木の上の者は風のように消えていった。



そう、彼は幕府から派遣されている庭番(密偵)である。
諸国放浪の旅をしているのは謀反の疑いがないか隈無く探しているからである。
坂本も相当の腕の持ち主である。先程披露していたように居合いの技は右に出る者は居ない。
通称“剣士”。現在風に言えばコードネームである。
敵に本名を悟られないために常に通称で呼び合っている。
対して相方“和尚”の本名は中岡頑真(なかおかがんじん)。見た目通り怪力の使い手である。
一応仏門に仕える身。しっかり右腕には数珠を携えているがイマイチ殺生を慎む部分は欠けている。
外見も数珠を外せば浮浪者に見えないこともない。決して武士とは思われることがない。
先程風のように立ち去ったモノについては後々紹介しよう。




翌朝。空を見上げると一面曇り空が横たわっていた。
朝餉を早々と済ませると早速草鞋に足を通して宿場を後にした。
厚い雲が空を覆っている状況。下手したら大雨で旅路に影響が出かねない。
自然と進める足も速くなっていた。せめて峠だけは越えておきたい。
更に雨が降ると泥濘(ぬかるみ)に足を取られたり、体力を消耗したりで翌日に疲労を残すことになる。
「和尚!ぐずぐずしていると置いて行くぞ!」
「ハァ、ハァ・・・。待ってくださらないか。」
黙々と先行して歩いている坂本に対して中岡が既に息を切らしている。
峠が近付くに従って坂道が増え始め、さらに上空の雲の色も黒くなってきている。本格的に降り出すまで一刻もかからないだろう。
ようやく頂上の茶屋に着いた頃、雨はポツポツと降り始めた。
中岡の肩は激しく上下に行き来している。担いでいる大刀もそれに合わせて上へ下へ上下している。
「どうする?少し腹にモノを入れるか?」坂本が気遣って話しかける。
「・・・そうですね。握り飯でも入れましょうか。」
ドカッと椅子に腰掛けると少しは落ち着いたらしく、茶屋の娘が持ってきたお茶を一気飲みした。
懐から早朝に作ってもらった握り飯を取り出すと貪るようにありついた。
「おいおい、和尚殿。そんなに急いで食べたら喉に詰まりますぞ。」
「心配御座らぬ。いざとなったら水で流し落とすまでで御座います。」
少々荒い言葉遣いなのでどう見ても旅する高貴な坊主とは思えない。
雨は次第に地面を叩き付ける音を立てて本降りになってきた。



半時ほど経つと雨は弱くなってきた。
休息を入れていた二人は再び身支度を始めた。
「さて、大分時間が経ってしまいました。そろそろ参りますか。」
坂本は立ち上がるとつられて中岡も立ち上がる。
幸い雨も小降りになり、此処からは下り坂。少しは負担は少なくなる。
スタスタと小雨が降りしきる中歩み始めた・・・。


また半時ほど経った時。
周りは断崖絶壁に囲まれ、人二人が並んで歩くのがやっとなくらいな道に差し掛かった。
「むっ。」坂本は異様な殺気を察知した。
自然と自分の左手は鍔を握り、体が身構えていた。
その様子に気付いた中岡も周りを見渡す。誰一人として旅人が居ない。
「・・・敵か。」
「左様だな。後ろから5名、前から2名・・・。」
中岡は布を巻いておいた刀を取りだした。
二人とも臨戦態勢に既に入っている。どの角度から敵が襲ってきたとしても直ぐに対応できる。
と、後ろの道から巨大な岩が転がり落ちてきた!

――――――――――――――――――――――――

ゴズィラさん、レスありがとうございます。
表現に関しては試行錯誤しながら書かせていただきました。
立派な小説になるそう精一杯頑張りますので宜しくお願いします。

あ、あと自分のサイトからリンク貼らせていただきました。暇がありましたら確認お願いします。
メンテ
Re: 雨露 ( No.4 )
日時: 2004/12/30 14:34
名前: FourRami
参照: http://four-rami.hp.infoseek.co.jp/

「和尚!後ろを頼む!拙者は前を片付ける!」
「心得た!」
坂本は後ろの守りを頼むと一直線に前に突っ込んだ。
右手は刀のすぐ近くにあり、いつでも刀が抜ける。
すると彼から向かって左の草むらから侍が飛び出してきた!
「覚悟!!!」
振り上げた刀を一気に振り下ろしたが虚しくも空を切った。
次の瞬間刺客の斜め後ろから剣を薙ぎ払う坂本の姿が見えた。
(残り一人・・・。)
そう思って目をやると左の方にホゥと赤い光が見えた。種子島(火縄銃)だ。銃火器相手では剣は歯が立たない。
咄嗟に左手で脇差を抜くと銃口目掛けて投げつけた。
隠れていた敵は怯んで銃口を上に向けたところに相手の懐に踏み込んで肩を一刺。もんどり打って相手は倒れ込んだ。
これで前方の刺客は全て片付けた。先程投げた脇差を鞘に戻すと突如何かが聞こえた。
「うぉぉぉぉっ!!!」
中岡の大声に振り返ってみると両の手を充分に使って巨岩を受け止めている姿が見えた。
このままでは巨岩の裏から不意打ちを喰らう。
そう直感で判断した坂本は一気に駆け戻り、彼の肩を使って一気に跳び上がった。
やはり思った通りだった。坂の上には弓兵が一人居た。
矢を番え弓を弾くと空中にいる坂本に目標を定めた。空中に居るためどうにもこうにも避けることは出来ない。
ヒョッと空気を切る音が聞こえた。矢を放し、勢いを付けて一直線に向かって来る。
空中で剣を使って叩き切ると次の跳足で弓を番える弓兵を真横に切った。
「クッ、引け!引くぞ!!!」
残りの4人の内真ん中に居た頭領と思しき大男が大声で言い放った。
これで奴等は我々を襲ってこない。そう確信した坂本は剣を鞘に収めた。
フゥ、と溜め息をついて後ろを振り向くと中岡が居た。
「大丈夫だったか。」心配そうに声をかけてきた。
「そっちこそ大丈夫か?あんな大きい物抱えると明日は腰痛じゃないのか?」
真顔で冗談を言うと先程の藪に歩いていった。
一人肩を刺して生かしておいた連中の仲間から事情を聞くためだ。
先程の男を明るい道に引きづりだすと質問をした。
「・・・お前達は何者だ?」
坂本は初めから低い声で脅すように尋ねた。
「う、うぅぅ・・・。」男は未だに傷が痛むのか何も喋らない。
突き刺して動きを奪っただけだが傷はそんなに深くはない。2、3ヶ月程療養すれば治るだろう。
身なりは地元の猟師のような感じだった。しかし忍びの者や闇の刺客もこれくらい当たり前のようにしてくるから簡単に判断できない。
「仕方ない。その傷なら片腕は何ともないのだが此処は貴様の片腕を一生動かないよ・・・」
「ま、待ってくれ!全て話すからそれだけは勘弁してくれ!!!」
簡単な脅しに引っかかるとは・・・。コイツ、忍びでも刺客でもないな。そう判断した。
話を聞いていると旅人目当てで野盗をしている連中でここら辺を縄張りとしているらしい。
北国街道でも有数の難所という事で攻めるに易く、逃げるに易い場所でもある。
しかし引っかかる事があった。
金目当てなら巨岩など使わなくても数で攻めれば良いことをこの連中は手の込んでいる事をしている。
大体普通の猟師だったら火縄銃など持ち歩いていない。大概弓で仕留めるのが主流。
どうする?という言葉を含めて中岡をチラリと見た。現在風に言えばアイコンタクトである。
すると反応した彼は珍しく坊主みたいな口調で話し始めた。
「今回のことは魔が差してやったことでしょう。毎日、仏の前で念仏を唱えなさい。さすれば罪は消え去るでしょう。」
「は、ははぁっ!!!」土下座の体勢で頭の上で手を合わせて合唱をした。
「仏のご加護を・・・。南無阿弥陀仏。」
「ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・。」
肩の傷の手当をしてやり、先を急ぐ二人が見えなくなるまで彼は地面から額を離すことはなかった。





アクシデントはあったがどうにか予定していた宿場に到着すると旅籠宿に直行した。
部屋に通されると二人はごろんと畳の上に寝転がった。
「はぁ〜〜。」二人は同時に大きな溜め息を吐き出した。
大分疲れたらしい。当然である。雨で体力を奪われ、急襲された時に精神的・肉体的に疲労を蓄積し、更に遅れた分を取り戻すため早足で歩いたからだ。
「拙者、疲れたので先に夕餉を頂いて寝させていただきます。」
「私も同感です。最近体を動かしていなかったので先程のが腰に来ました。」
坂本はむくっと起き上がると先程使った剣を鞘から出した。
血が付いているので丹念に拭いているのだ。切れ味が衰えないように毎日の手入れは欠かしていない。
「几帳面だなぁ。」中岡の言葉も耳に入れず黙々と作業を続けた。
名剣“雨露”。父が坂本の出立の時に餞別として持たせてくれた刀だ。
全国で名前が知られていないが、腕は一流な鍛冶師に頼んで丹誠込めて作らせた一品である。
切れ味は抜群、持つとしっくりくる、重さもあまり軽くなく負担にならない。そういう意味で彼は非常に気に入っている。
如何に熱い場所でもその剣の輝きは蒼く見えるので父が銘をつけたらしい。
「拙者の大切な刀だ。手入れを怠ったりしたら罰が当たる。」
最後の手入れを終わらせるとようやく口を開いた。
鞘に収めた頃、宿の者が食事を運んできた。
食事を無我夢中に食べ、満腹になったら風呂に入り、そして布団も敷かずに深く寝入った。



目が覚めると既に陽は高いところにまで昇っていた。すっかり夢見心地が良かったらしい。
隣で同じく死んでいるように眠っている中岡を叩き起こすと身支度を整え、駆け出すように宿を後にした。
「また珍しいですな。」中岡が言った。
「なんでですか?和尚殿。」寝起きで少々気が立っているらしく、少し語気は強い。
「貴殿が深く眠るとは珍しいですのぅ。普段は陽が昇る前に私を起こして下さるのに。」
「たまには和尚殿も自分で起きる鍛錬をなさったら如何ですか?」
ギロッと半ば自分の意志が棘のように言葉の中に仕込まれた。
「いやいや、私なんてとてもとても・・・。」
中岡はのろけて言葉の真意の棘を避けた。



確かに今日は夢見心地が良かった。
昔の夢を見たのだ。上様に仕えていた頃の事を・・・。
ふと目線を落とすと父から餞別に頂いた雨露ともう一太刀が腰から下がっていた。
このもう一本の太刀に纏わる話である・・・・・・・・。
メンテ
Re: 雨露 ( No.5 )
日時: 2004/12/31 17:10
名前: FourRami
参照: http://four-rami.hp.infoseek.co.jp/





それはとある夜だった・・・。
その夜、拙者は寝ずの番で上様の寝室警護に就いていた。
「・・・永禮。」
「はっ!」上様から声を掛けられ、直ぐに振り向いた。
どうやら寝付きが浅く、眠られていないらしい。
「余と一局将棋でも打たないか?」
急に言われた言葉だった。上様は非常に活発な方で分け隔たり無く優しくする名君であった。
そんな主君を尊敬の念で見ている私がいた。しかし主君は近い年代の私を気兼ねなく話せる唯一の存在として見ていた。
またいつもみたいに上様は予想していない事を言う、と心の中で思った。
警護の仕事を怠ったら上方からこってり叱られる。しかし最も偉い上様からのお願い。
どうせ私がいるのだから襲われても大丈夫だろ。そんな気持ちで上様との対局を受けた。
「手加減したら承知しないからな。」上様は開始直前に拙者に対して言った。
またしても頭を悩ました。もしも此処で拙者が本気で勝ったら上方から雷が落ちる。手加減したら上様直々に手打ちに遭うし。
しかも私の将棋の腕は若手の中でも相当のやり手で、老獪とも互角に渡り歩ける。
本気を出したら上様には申し訳ないが圧倒的強さで勝ってしまう。
その困惑の表情をみた上様は語りかけてきた。
「永禮。」
「はっ。」
「そなた。もしも一人の剣客がお主に勝負を挑んできたとする。」
「はっ。」
顔は将棋盤の上の戦局を見つめながら淡々と話している。
それに私は相槌を打ちつつ相手の一手に集中する。
「其奴はお主より明らかに腕は弱い。しかし一度受けた建前、今更『貴様は出直してこい』とは言えない。さぁ、どうする?」
「それは・・・。」
私は答えに詰まった。
「手加減したら相手に失礼極まりない。更に一歩手を抜くと自分の命すら危ぶまれる。例え名も無き侍でも、余でも。」
この言葉で自分の気持ちがハッキリした。
上様が言っているのだ。後々のことなどどうにでもなる。今はこの局に集中しよう。
今まで様子見だった駒達も積極的な動きになってきた。
そして残りは相手の王将のみとなった。
「さぁ、何を躊躇している。早く首を獲るんだ。」
発破をかけるように話しかけてきた。
「上様。最初から諦めてはなりませんぞ。」
「何を言う。余の駒は王将のみ。下手に足掻いても醜いだけ。潔く負けを認めた方が侍らしい。」
その表情は何処にも悔いはない、という風に見えた。
「では、失礼ながら・・・。王手。」
自らの駒が王将の前に立った。
「参りました。」
その瞬間上様は私に対して頭を下げた。
「いやはや、流石城内で噂になるほど強いと聞いていたが。此処まで強いとは。」
「いえ、上様もなかなかで御座いました。」
「おぉ、そうだった。そなたに褒美を渡さなくてはな。」
思い出したように寝床の方へ向かっていき、寝床の側に置いてあった太刀を持ってきた。
「余に勝った褒美だ。受け取れ。」
それは上様がいつも愛用している太刀“紫電”だった。
片身離さず持ち歩く“紫電”は由緒正しい鍛冶師の家系で有名な者に頼んで作らせた幻の一太刀である。
この刀で切られた者は体に電撃が走るように感じられるらしい。
何より刀身が不気味にも薄い紫色に見える事もあってこの銘が着いた。
「え!?しかしこれは上様が大事になさっている・・・。」
「構わん。これではイヤか?」
「とんでも御座いません。恐悦至極に存じます。我が身果てようとも必ず大切にさせていただきます。」
その刀は意外にも軽かった。そして自分の手にしっくりくる感触があった。
刀身を鞘から出してみると装飾が少ししか施されていない部分がまた自分では気に入った。
鞘に収め、将棋盤を片付けると上様はいつの間にか眠りについていた。
その表情は安心しきった笑顔のような寝顔だったことを今でも覚えている―――。
メンテ
Re: 雨露 ( No.6 )
日時: 2005/01/03 21:33
名前: FourRami
参照: http://four-rami.hp.infoseek.co.jp/




ふと現実に戻るといつの間にか夕暮れになっていた。
無我夢中で歩いていたので周りの景色が目に入らなかったのだ。
「坂本殿。如何致す?目的の宿まで幾ばくかありますが。」
陽はもう地に沈もうとしていた。いくら急いだとしても暗くなるまでに到着する見込みはない。
しかし引き返そうにも前の宿場までは更に遠い場所にあった。
前に進むしか道はないのである。
黙って足を進めた。それに着いてくるように中岡も後を来る。
いつしか陽は完全に落ちて周りは闇に包まれた。
一帯は野原で一筋の道があるのみ。そして一直線に宿場がある。
しかしどうにも彼等を通すことは出来ないと言わんばかりに横一列に人が並んでいた。
「・・・昨日の奴等か。」
坂本は呟くように言った。
「左様ですね。昨日の日中に見た顔が数人見かけられます。」
そして闇に紛れて背後にも多数の殺気を放つ者に睨まれていた。挟み撃ちにされた。
どうにもこうにも逃げる術は戦うしかないらしい。
仕方なく中岡は刀を包んでいる布を解くと下段の構えで相手の出方を伺う。対して坂本は意外にも剣を抜かず居合いの姿勢。
両人とも“待ち”の体勢である。
そんな中から一人の大男が現れた。
「こんばんは。お二方。」
やけに関西の訛が入っている声だった。
如何せんこの地方は関西訛が混じっている方言なのだが、この男はやけに訛りが強い。
「わてらはとある方に頼まれてのぉ。あんたら始末してくれゆわれてのぉ。だからここら辺で死んでもらえまへんか?」
初対面の他人からそんな事言われて易々と自分の命を渡す馬鹿などいない。
どうやら関西の誰かが我々の正体に感づいて知られたくない内に闇の中で抹殺する、という魂胆か。そう直感した。
大体昨日あれだけ手の込んだ事をしてまで人殺しをするとなると相当の金を貰っているに違いない。
あの時深追いしても良かったが、生憎地の利は相手にあって逆に痛い目を見ていたかも知れない。
どちらにしろあの時ケリをつけていたら今こんな多勢と戦うことはなかっただろう。
「断る。」
坂本は強い語気で言い放った。当たり前のように易々と差し出しても構わない命ではない。
この返答に頭領と思われる者は黙って後方へ下がっていった。
またそれが不気味である。周りからは雑音が消え去り、風に揺れる草の音や風の音が一帯に広がった。
「いやぁぁぁぁ!!!」
突如後ろからけたたましい掛け声と共に突っ込んでくる者が向かってきた。
しかしその声は次の瞬間轟音と共に遠くに飛ばされていった。
中岡の大刀が簡単に薙ぎ払ったのだ。相当の重量の大刀を普通の刀のように扱う剛力は我ながら羨ましい。
「なにやら数だけみたいですな。」
挑発気味にヘラヘラと笑いながら中岡は話す。
「和尚殿。殺生は仏門では御法度ですぞ。」
「何を言う。仏門に背いている者にすこし懲らしめるだけです。仏も許して下さるでしょう。」
背中を隣り合わせにくっつけて背後を取られないようにした。
中岡の剛力の威力と坂本の何とも言い難い威圧。これで怯んでなかなか攻め込んで来られない。
互いに攻め手を欠く膠着状態の場合、痺れを切らした方が負けになる。二人は肝が据わっていた。
痺れを切らして飛び出してきた弱虫をバッサバッサと倒す。また膠着状態に陥る。その繰り返しで徐々に敵の数を減らしていった。
こうした悪循環に耐えきれなくなった頭領は叫んだ。
「えぇい!何をしている!一度にまとまってかかれば怖くなどない!」
こうなった場合、質では勝るが数で劣る此方は分が悪い。
確かにリーチの長い中岡は半円を描くだけで大量の敵を倒すことが出来る。しかし隙が非常に大きく攻撃後に狙われる可能性は大きい。
逆に隙が小さい坂本は連続で斬り続ければ良いのだが、如何せん多人数対一人には適していない。
怖じ気づいて逃げた者を除いて残りの数がどれくらいかは暗いので見当も付かないが不利には変わりはない。
「がははははっ!遂に首を、首を獲ったぞ!これでわても出せ・・・」
次の言葉が出てくる前に地面にバタンと頭領は倒れた。
胸にはくない手裏剣が刺さっていた。
(・・・お龍か。)
お龍とは坂本の事を何かと世話するくの一、つまり忍びである。
坂本が全国行脚の旅をサポートし逐一報告する連絡役でもある。
腕は一流の忍びで主に諜報活動で活躍。武術も得意で時には暗殺もこなす。
さて、司令塔である猿山のボスが倒されたので残りの者は散り散りになって逃げていった。
一段落したが、この場所では目立つので人の居ない場所へ移動した。


「お龍。また何故こんな所に?」
坂本は京若しくは江戸に向かったお龍が何故此処にいるのか訊ねた。
「京で情報を集めていたら偶然にも北国街道に刺客を放ったと聞いた。なので至急向かったら交戦中だった。」
表情一つ変えず、淡々と喋る。その様子から仲間内では“鉄仮面”とまで言われている。
顔は良いのだが、これではなかなか嫁の貰い手がいなくて困っていると両親は嘆いている。
「そう同じ顔で話すなよ。堅苦しい。こっちまで顔が固まってしまう。」
耐えきれず中岡は表情を和らげた。
「そうか?こんな話をヘラヘラ笑いながら話したら気持ち悪い。」
確かに。坂本もそう思った。
その後もお龍は先程と同じ表情で話し続けた。
「どうやら大阪城代が謀反の企てをしているみたいだ。」
「何!?本当か!?」
坂本と中岡は非常に驚いた。
大阪城代と言えば関西以西の外様大名へ睨みを利かせる為に設置されている。
そこが江戸の幕府に対して反乱を起こした場合、確実に西国の不満を抱いている外様大名と手を組んでしまう。
事実に50万石以上の大名は複数おり、これらの兵力が一致団結すると一気に幕府の地盤は揺らぐだろう。
関西の守りには京都所司代も一応監視に携わっているが実質上は大阪城代なので権力はない。
それだったら昨日そして先程襲ってきた拝啓の理由もわかる。
推測だが、多分大阪城代は北国街道を南下している我々を幕府が放った刺客と勘違いして対処しようと考えたのだと思われる。
「これは天下の一大事だな。」
「・・・という事は大阪に至急向かえという事か。」
「私が手に入れた密書では『京都で様子見しろ』と特命があった。」
ガサガサとまさぐると上様直筆の密書を取りだした。
『皆の衆。元気にしているか。余は元気にしている。
余の耳に入った所によると今回の指令はかなり危ないものになる。
敵はどのくらい居るかまだ想像もできない。今でもこんな天下を揺るがす企てがあるとは信じられがたい。
なので一度京都で情報を集め、勝手な行動は慎むように。決して命を粗末にするな。』
花押もしっかり入っている。本物だ。
「相分かった。・・・それで京都へ入るのは何時が良い?」
「我々の方も準備が必要。5日後、大文字山にて待ち合わせる。」
「心得た。」
坂本と中岡は力強い声で言った。
「では私は先に行く。御免。」
闇に紛れ込んで風のように去っていった。
メンテ
Re: 雨露 ( No.7 )
日時: 2005/01/05 16:31
名前: FourRami
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その後5日間は何事もなかったかのように敵側からの攻撃は無かった。
拍子抜けのまま大文字山にまで辿り着くことが出来た。
「・・・さて。お龍の到着を待つか。」
腰を降ろして長旅の疲れを休めることにした。
中岡はゴロンと寝転がってぐーぐーいびきをかきながら眠り始めた。
対して坂本はそよそよと草の揺れる音に耳を傾け、気持ちを安らがせていた。
5日前から警戒しながら旅してきただけに精神的な息抜きが必要なのだろう。
坂本が次に目を開ける頃には夕陽が沈みかけている所だった。
隣で死んでいるように眠っている中岡を叩き起こすと既に辺りは闇に包み込まれていた。
しかしその場の何か不審な気配を見逃してはいなかった。
「・・・。誰だ。何故この場所に居ることが分かった。」
背後に忍び寄る黒い影。忍び独特の“間”が見え隠れする。
眠い目を指で擦っている中岡が素なのか演技なのか相手は分からず機会を伺っているが多分相当の腕の持ち主と見れる。
「貴様、隠密だな。」暗闇に潜む者は此方に訊ねた。
「だったらどうする。」坂本は少し挑発気味に返答する。
その会話にようやく自分の身に危機が迫っていると気付いた中岡は身構えた。
後ろは断崖絶壁。逃げようにも逃げられない。
これが平地なら敵を撒く事も少なからず出来たかも知れない。但し自分一人だけの話だが。
「悪いが坂本殿、中岡殿。貴様等が生きていては困る。死んでもらう!」
横一筋に細い手裏剣を紙一重で避けて抜刀する。
しかし相手の方が上手だった。投げたと同時に此方に突っ込んできて死角に潜り込んだ。
ヤバイ。そう思ったときには顔が殴られていた。
唇から血が少し出た。しかしこれくらいの威力なら踏ん張れる。
片腕に持っている刀を一閃すると相手は後ろへ下がった。そこへ坂本は足を相手の腹へ一蹴した。
しかし相手は腕で見事人間の弱点である脇腹を抑えていた。
「ほぅ・・・これは貴殿の実力を甘く考えていたな。失敬。」
顔を覆う布を弛めると白髪が暗闇の中はっきりと見えた。生憎表情までは見えなかったが。
「それは光栄な・・・。で、何で拙者達を狙ってるんだ?」
「忍びの口が軽かったら長年生きていけない。」彼はサラリと話した。
如何なる拷問に屈せず、数々の誘惑にも負けず、目的の遂行に全力を尽くす。それが“忍び”。
この老獪は恐らく多くの山場を乗り越えてきた猛者。一騎当千に値する実力を持ち合わせているに違いない。
これ程の実力を持つ刺客を送り込んでくるとは相手も相当我々を警戒しているのだろう。
5日間攻撃しなかったのは我々を油断させる為だったのか・・・。
「でもお前さんはヤケに口が軽いな。」中岡は含み笑いを浮かべながら喋りかけた。
相手もフッ、と鼻で笑った。
「死ぬ者には少し多弁になって死への恐怖を和らげてやらないと。」
「だったら影の黒幕教えてくれないか?死ぬ者への餞(はなむけ)として。」
「生憎だが答えられないな。貴殿は未だに諦めている者の目ではないからな。」
皮肉か、嫌みか。最も聞き出したい情報に簡単に口を割らない。
再び両手で柄を強く握ると坂本は相手に突っ込んだ。
それに呼応した中岡も続けざまに大刀を振りかざして突進してくる。
「ふん。その粋を勝って苦しまずに逝かせてやる!」
相手が腰にぶら下げた小太刀を抜くと逆握で迎え撃つ。
その時だった。静かな闇に発砲音が鳴り響いた。
何事か、と思った坂本と中岡は足を止めた。
迎え撃つ体勢のまま倒れ込んだ老獪は心の臓が一つの小さな穴で貫通されていた。即死だ。
未だに何が起きたか掴めていない二人は呆然とその場に立っていた。
「・・・今のは種子島か?」
「いや、種子島にしては弾が小さい。一体何がどうなっているのか検討もつかない。」
「これは“ピストル”という外来の武器だ。」
突然後ろの林から声が聞こえてきた。
咄嗟に二人は身構える。敵なのか、味方なのかわからない者に対して・・・。
雲の隙間から月明かりが差し込んできた。真っ暗闇な辺り一帯が照らされる。
月明かりに照らし出された謎の男の正体は・・・・・・・。
「・・・う、上様!」
その顔の主が判明すると刀を鞘に戻して膝を地面に着けた。
姿格好は些か貧しいが、確かにその顔は現将軍のお顔だった。
「久しいの、永禮。それに頑真。」
親しげに語りかけてくる上様に対して緊張の色が隠せない二人。
寧ろ今の心境は緊張よりも驚愕の方が大きいが。心臓の鼓動は速くなっていくばかり。
「さ、こんな所で話すのもなんだ。寺子屋に参ろうか。」
「はっ、お供いたします!!!」
誰にも気付かれないように京の街へ入っていった・・・。
メンテ
Re: 雨露 ( No.8 )
日時: 2005/01/06 12:30
名前: 十二支  <juunisi_uxp@hotmai.com>

こんにちは。冬休み最終日の十二支です。
前にも申し上げましたが、作風変わりましたね。
辺りの様子が細かく描かれていて、
読みやすく、且つ味のある作品ですね。

若将軍の登場で、これからのストーリーが
非常に楽しみです。

それでは。
メンテ
Re: 雨露 ( No.9 )
日時: 2005/01/06 22:38
名前: FourRami
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民宿“寺子屋”。
坂本が京滞在時に贔屓にしている宿屋である。特に女将のお登勢は非常に京都に来たときに毎度お世話になっている。
心意気に惚れているらしく、一度寺子屋で襲われたときにはコッソリ裏から逃がしてもらった経験もある。
寺子屋の扉を開けると其処には待ち侘びたように座って女将が待っていた。
「久しいですな。お登勢殿。」坂本は迎えてくれたお登勢に労いの言葉をかけた。
「ホンマ、お待ちしておりましたわぁ。何時来るんか待っていましたわ。」
坂本の言葉にニコッと笑って深々とお辞儀をした。
「おや、今日は新しい人を連れてきたんですね〜。」
新しい人、とは上様の事である。中岡は何回か坂本と一緒に京都滞在時にお世話になっている。
その凛々しい顔立ちに頬を赤らめてまじまじと見つめていた。
「初めまして。勝玄宗(かつげんしゅう)と申します。今後宜しくお願いします。」
「かしこまった挨拶おおきに〜。私此処“寺子屋”の女将をしておりますお登勢です。よろしゅう。」
「お登勢殿。メシは要らないから風呂の準備をしてくれないか?」
「わかりました。少々時間が掛かりますので先に部屋に行って待っていてくださいな。」


部屋の障子を閉め切ると一気に坂本と中岡は下座に座った。
別に気にしていない、と上様は言うのだが二人には台頭の席に座ると天からの罰が下りそうで怖かった。
今までの旅に於いての現状報告と土産話を済ませると話は本題に移った。
「・・・して、何故上様は5日で京の都まで上ってきたのですか?」
「いや、普通に船で江戸から大阪へ来たんだ。無論菱垣廻船に忍び込んで。」
なんて大胆不敵な将軍だ、と驚愕の思いだった。
普通の将軍なら輿に乗ってのんびり東海道を大名行列の様にして行くのが主流。
しかし単身、しかも民間の商業用に使われる荷物運びの船に隠れて乗船して来るから驚きである。
前代未聞というべきか無謀と言うべきか破天荒というか。
京滞在中の江戸に於ける職務はどうするのですか?と訊ねるとこう答えた。
「あぁ、影武者がやってくれる。心配ない。あんな退屈で中身のない仕事では誰でも3日で飽きる。」
そんな国家の一番大切な機関で代理の一人を代わりに置いて心配ないの一言で片付けるのは伊達に肝が据わっていない。
これは何回か抜け出した経験が有るな、と二人は実感した。それも長期の滞在を何回かこなしている。
上様というお方はもしかしたら窮屈な場所にはいつまでも居ることなく外へ飛び出すやも知れない・・・。
薄々とそんなことを脳裏がよぎった。
ふと脇を見るとお龍が隣に座っていた。
「お龍。ご苦労であった。」
「大阪城代、それに京都所司代の邸へ偵察に参りました。」
流石上様、手が早い。
大阪城代は常日頃大阪城にいるわけではなく、大阪に屋敷を構えている。京都所司代も同じである。
見取り図を指しだした上で報告を淡々と話し始めた。
「やはり大阪城代は天下をひっくり返そうとお考えらしいです。対して京都所司代の方はお止めになろうと考えていらっしゃるらしいです。」
現在京都所司代の役職に就いている片貝は幕府の中でもかなりの権力を持っている重鎮。
以前は大老にまでのし上がった経験があるが、現在は息子に全てを相続させて自分は静かな京都に引っ込んでしまった。
しかし大阪城代の謀反を簡単に手玉にすることも可能。だが様子がおかしい。
この老いぼれは幕府一の平和主義者で戦は好まない。こんな政権を覆す大事が起きたとなると自分が井の一番に反対するはずである。
「しかし片貝殿は只今家老のもめ事で頭を抱えているそうです。」
「なぬ?もめ事?」
話を聞くとこういう事らしい。
京都所司代の片貝には指折りの家老が二人居る。
どっしりと構え戦上手な西郷筆頭家老。何事も豪快にこなし、堪忍袋の緒も長い。
対して常に冷静に物事を考える参謀的存在な桂前筆頭家老。主に内政を担当する切れ者である。
この全国に名を轟かす両者が常に均衡を保って片貝を支えてきた。
だが欠点があった。両者は典型的な犬猿の仲なのである。
『白』と西郷が話せば桂は『黒』と答える。
互いに人望はあるのだが完全に片貝家は西郷派・桂派に真っ二つに分かれていた。
この状況に頭を抱えるのは板挟みにされている片貝だ。
齢70を超えて未だに健在な間に相続を決め幸い息子一人だけだったから良かったものの、もし男が二人いるとしたら確実に幕府に目を付けられていただろう。
度々二人の仲を取り持とうと努力してきたがなかなか解け合えない。
奴等が仲良くなればサッサと逝けるのに、と冗談なのか本気なのかわからない冗談を最近では口にし始めた。余程心配なのだろうか。
「成る程・・・。状況はよくわかった。坂本、中岡。」
「はっ。」
下座に控えている二人は声を揃えた。
「お主達は明日より片貝邸に入り、両人と親密になれ。そして仲介させろ。」
「心得ました。」
上様直々の勅命。しかも秘密厳守で誰にも話したらいけない事―――。
二人同時に頭を深々と下げた。坂本の声は少しばかり震えていた。
歓喜で震えていたのか、先行きの不安で震えていたのかわからない。しかし確かに震えていた。

―――――――――――――――

そろそろ自分のモチーフにした人がわかるかな。
上の名前だけ見ていくと大体とある歴史上の人物に関する人の名前が浮上してきます。
さぁ、皆さん考えてみて下さいw
メンテ
Re: 雨露 ( No.10 )
日時: 2005/01/16 22:25
名前: FourRami
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翌日。早速京都所司代の上屋敷を坂本は訪れた。
まずは西郷から会って話をすることにした。
待たされること数分。大柄な男が部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ないでごわす。」
最初この声を聞くと随分と訛がある言葉だな、と思った。なにしろ薩摩(現在の鹿児島県)の出身らしい。
肌の色は南国育ちとあって黒い。そして体格は中岡並、いやそれ以上か。
武術に秀で農業にも詳しい。人を惹き付ける魅力も兼ね備えている。
そして一度戦いが起きれば率先して戦う“武神”―――。
「いえ。此方こそのんびり庭園を眺めておりましたので。拙者加賀藩の家老、坂本永禮と申します。」
「ほぉ。これは律儀な者でごわすな。おいどん京都所司代の片貝殿の筆頭家老、西郷吉之助と申します。」
そうこう話している内に女郎がお茶とお茶菓子を運んできた。
お茶を啜(すす)っている間に彼は大きな口で一つ菓子を放り込むと一気にお茶で飲み込んだ。
なんとも一つ一つやる事成す事の仕草だけでも豪快だが、そこがまた憎めない。
こういう所が人を惹き付けるのか、と少々感心していた。
「ところでお前さんは何故この屋敷に来もうしたのですか?」
此処で自分は裏のことは一切語らず全てを話した。
「いや、実は噂になっておりまして・・・。なにやら桂殿と西郷殿の仲は非常に悪いと。」
「そうでごわすな。おいどんと桂どんとはなかなか気が合わないでごわす。まぁ、そんな大した事ないので心配ないでごわすが。」
「それが実は大変な事なんですよ〜。」
ずずいと座布団ごと西郷に近付いた。
興味津々な表情で西郷も大きな体を持ち出してきて此方に向かってくる。
「ほぉ・・・それは一体なんでごわすか?」
「西郷殿は言わば陰陽道では“陽”に当たります。対して桂殿は同じように考えれば“影”。互いに悪いところばかりしていたら何の得もしませんよ。」
陰陽道の話にはイマイチ疎いのか首を傾げた。
昔平安朝の時代に陰陽師などが活躍した時代は黒歴史として滅多に語られることはないが、歴史学者は必至に資料探しに躍起になっている。
今の現在の世の中でも特に占いなどに陰陽が使われている。
脱線したが話に戻ろう。
「つまり仲良くしましょう。喧嘩なんてしていたって互いに利益はありませんし、他から漁夫の利を狙われるかも知れません。」
「しかし、犬猿の仲のおいどん達に打つ手はあるのでごわすか?」
「あるじゃないですか。」
坂本は笑顔で西郷に対して話しかけた。
「ほぉ・・・。」
「大体童話の『桃太郎』では猿と犬が一緒に鬼退治をしたではありませんか。動物に出来て人で出来ないのはおかしいと違いますか?」
二人は腹を抱えて大笑いした。
この様子に何が起きたのかと警護の武士達が部屋になだれ込んできたがこの状況に何が何だかよくわからないようだった。
「まぁ自分にお任せください。さすれば片貝殿に迷惑がかかりませんし。」
「まぁ、お頼みもうしますわ。」
集まってきた人集りを掻き分けながら坂本は帰りの途についた。


同じ日の夕刻。京の街にある一軒の料亭に坂本はいた。
昼に会った西郷とは別に桂とあう用件を入れておいたのだ。幸いにも桂の予定も空いていることも確認できた。
桂は時間丁度にやってきた。
「初めまして。坂本殿。」
入ってくるなり会釈して挨拶をした。噂に違わずなかなか礼儀正しい。
ひょろっとしているが剣の腕は免許皆伝を貰っている程の達人。並みの暗殺者では倒されないだろう。
酒をつごうとしたが手を前に差し出した。
「お気持ち有り難い。しかし拙者下戸な者ではないですが、この後も会計方と会う用事がありますので。」
なんとも噂通りだな、と思った。
室内で行う事は桂、室外で行うことは西郷と役割分担され藩内の民は潤っていると聞いたが此処まで均衡になっているとは想像できなかった。
だからこそ鎹(かすがい)になっている片貝殿が亡くなられたら一大事になるだろう、と心配しているのか。
恐らくそのせいで永らく命を保っているのかとさえ今では思えてきた。なんとも悲しき大往生である。
黙々と箸を進める中、遂に本題を切り出した。
「何やら、現筆頭家老の西郷殿と仲が悪いそうで。」
「ははは。仲が悪いわけでは御座らん。」
なんとも此方側の思惑を見抜いているかのように桂は笑った。
筆頭家老を退いたとはいえ、まだ30代。巻き返そうと思えば簡単に巻き返せるだろう。
それを裏付けるかのように家老の職は退くことはなく、重要な役柄について藩政の実権を握っている。
「しかし仲が悪いだけでは利益が逃げていきますよ。」
「左様か。しかし相性が悪いのかな。なかなか意見が合わない。」
「まぁ、この坂本にお任せください。必ずや仲違いを解消させてみせましょう。」
「頼もしいお言葉ですな。期待しております。」
一度お辞儀をすると席を立って藩邸へと向かった。


夜遅くになって漸く坂本は寺子屋に戻ることが出来た。
一日に二人の多忙な日であったせいか、顔には疲れが出ていた。
戻ってくるなり風呂にどっぷり浸かって大きな溜め息を漏らした。
風呂から上がると自分の部屋に戻り、布団も敷かずに雑魚寝で寝入った。


翌朝。
目が覚めると中岡が側に座っていた。
「珍しいな。お前が早く起きるとは。」
「上様からの言伝だ。『大阪城代が動き始めた。一度偵察に赴け』と。」
この情報は最も意外だった。
まさか既に大阪城代が動き始めるとは思ってもいなかった。早くても一ヶ月は後だと踏んでいた。
監視の目をかいくぐるには綿密な計画と莫大な資金・時間が必要。なのに急ぐように準備を整えている。
「・・・我々の情報が入ったとか。」
「かも知れない。先日襲ってきた奴らの一味が密告したのだろう。」
(今夜辺り大阪の屋敷に忍び込むか。)
起き上がると顔を洗って飯をのんびり食べると船に乗って大阪へ向かった。
琵琶湖から大阪湾に注ぐ淀川を使えば半日で大阪まで行ける。それに船の上だったら逃げ場はないが周りを警戒出来る。
大阪の舟場に船を結びつけて夜になるまで待った。



そして闇が大阪の街を包んだ。
昼間の活気ある街から一転して静寂の雰囲気にある。
大阪城代、石田康成(いしだやすなり)は温厚な人柄で部下からの信頼は厚い。だがそんな表の顔とはうって変わって東西きっての策略家でもある。
幕府はこの危険人物の影響を最小限に抑えるため大阪城代に左遷した。
しかし今回の左遷は裏目に出た。
大阪は全国各地から品物が集まる天下の台所。武器を仕入れるのも江戸に比べると容易である。
その結果着実に幕府へ反旗を翻す準備が整い始めた。
今回の偵察では敵方がどのくらい計画が進行しているか確かめるために忍び込むのである。
早速屋敷の周辺を見て回るが塀が高い。それに正面を守っている警備も普通より多い。
厄介、というより元から塀を飛び越えて侵入する事しか考えていないが。
こう見えても一応二人は忍びの端くれである。中忍程度の技術は持ち合わせている。
「お前だったら体格で目立つ。拙者一人で参る。」
「おう。気を付けろよ。」
軽々と塀の上にまで跳躍し、周辺を見渡す。
幸い辺りには誰も居ない。足早に屋根の上にまで駆け上がった。
瓦を外すと静かに建物内部へと潜入した・・・・・・・・・。
メンテ
Re: 雨露 ( No.11 )
日時: 2005/01/27 20:59
名前: FourRami
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狭く窮屈な空間を匍匐前進で気付かれないように静かに進んでいく。
途中人の気配を感じると移動を止めて会話に耳をそばだてる。
良いのか悪いのか謀反の話は欠片も入ってこない。
仕方なしに館主の主、石田の部屋へ足・・・ではなく体を進めた。
石田の頭上に到達する頃。招かれざる客がいる事を坂本が確認した。
相当な年齢に達している老人。髪の毛は全て真っ白で顔には深い皺が刻み込まれている。
(これは結構大手柄か。)
じっと耳に神経を集中させて会話の一つ一つを聞き漏らさないように注意した。
「…嶋。」
石田の隣に控えている侍が返事をした。
見る限り厳つい体格をしている。これは殺る時には強敵になるな、と心の中に焼き付けていた。
「この御仁……を玄関先まで送ってあげなさい。」
生憎肝心な所が上手く聞き取れない。少し残念だが次の会話に出てくることを期待した。
老人は嶋と他の侍に抱えられて玄関へおぼつかない足取りで向かった。
彼は護衛に囲まれた老人を追うより一人残された石田の動向に注目した。安心しきっている表情なので案外重要なことを独り言で漏らすかも知れない。
「くくく・・・。江戸の奴等め。これで一泡吹かせてやるわ。見ていろ。」
本当に独り言だった。何も得られず自然と肩を落とす。
暫くして老人を見送った嶋と呼ばれる男が戻ってきた。
下座に静かに座ると小声で石田は話しかけた。
「・・・勝算はあるのか。」
「勿論で御座いますとも。大阪の蔵には着々と鉄砲・刀・槍など武器の類が山積みになっております。」
「誰にも気付かれていないな。」
当たり前ながらかなり慎重になっている。事が発覚したら自分だけでの問題では済まなくなる。
扇子を取りだしてパタパタと扇ぐと話を続けた。
「・・・して。いつ頃に挙兵できる?」
最も聞いておきたい情報の話題になった。
これさえわかれば先手を打つことも可能になり、対策も大まかながら立てやすくなる。
嶋は周りを気にしながら袴を持ち上げて傍らに近寄る。
耳打ちしようと頭上にいる坂本の耳に捉えられないハズがなかった。
「・・・恐らくながら再来年の二月には。」
今は八月の中旬。2年半もあれば西郷・桂の仲裁も易々と成立させることが出来る。
その声に石田の顔は敏感に反応した。
「何?そんなに時間が掛かるのか。」
「はっ。事は慎重に行っておりますので・・・このくらいは必要かと。」
「もう少し急がせろ。待っても来年、いや来年の秋までだ。」
「かしこまりました。」
これには流石に参った。
信頼関係を築くまで最低でも数ヶ月は要する。しかも幾多の人が交渉しても仲直り出来ていないのだから相当の時間を必要と考える。
更に交渉成立後、計画を阻止させる為に準備の期間も必要。間に合うか微妙な線に立たされた。
しかし僅かばかりながら情報は手に入った。大まかな相手の情報も入手したし、建物の構造も一応自分の体の感覚に叩き込んだ。
そろそろ引き上げようとしたその時。背後から微かな小さな音が聞こえた。
鼠でも猫でもない。天井に張られている板の反発する音にしては体重が重いモノが乗っている音。
気付かれた。咄嗟に下の者に気付かれないように静かに梁の上を走り出した。
侵入した場所に舞い戻る頃には複数の忍びに囲まれていた。
背後には一人、左手にある北側の塀側に三人、前方に二人。逃げるには強行突破若しくは南側の塀を超えて逃げるか―――。
どちらも非常に難しい。今の格好は忍び装束ではないので走るのには不向き。一応万が一に備えて手裏剣を用意してきたが圧倒的に数が足りない。
更に悪いことに屋根の上なので足場が不安定。居合いには向かない。
この乗り越え難き逆境を如何にして突破するか。彼の頭の中はそれで一杯になっていた。
すると突然声が掛けられた。
「貴様、何者だ。」
どの方向から聞こえたのか分からないが声の調子からして推測ながら30代若しくは40代。動きや力は若い者に負けるが技でカバーでき一番厄介な年代。
他の者達の様子から察して相当の腕の持ち主と見える。
新米で駆け出している頃の忍びなら挑発して隙を作って突破することも出来るのだがこの年代では体力もあり、冷静さも兼ね備えている。
力押しにも、精神的圧力にも屈しない。
「あっしゃ、大工の佐介でさぁ。」
とぼけた表情で答えた。通じない冗談だとわかっていながら。
大体袴姿の大工なんて何処にいるんだ。そう自分の心の中で突っ込んだ。
「そんな格好の大工何処にいる。」
後ろの赤色の装束を着た男が返事を返した。
他の男達はただ黙って月明かりに照らされている。
坂本は大きく息を吸い込んでゆっくり吐き出した。
強行突破。
ようやく心の中で決心が付いた。
(どうせやるなら思いっきり華々しく散った方が粋がいい。)そんな感じの気持ちが彼にあった。
刀に手を掛け抜刀の姿勢に入ると背後の忍びが近付いてきた。
短刀で突かれる刹那に刀の鞘で相手を怯ませた。この隙に振り返って一気に抜いた刀で斬り下ろした。
残り5人の方を向くと突然の攻撃に戸惑いながらも一人が突っ込んできてそれを二人が手裏剣で援護してくる。
的確に的を射抜くように飛んでくる手裏剣をかわしながら突っ込んでくるヤツの相手をするのは至難の業。
幸いにも太刀筋が粗いので先が簡単に読める。焦る相手に出来た大きな隙を見逃さず、利き腕と思われる右腕の動きを止める為右肩口を貫通させた。
もんどり打って倒れた所で相手の持っていた忍者刀を左手に取ると今まで持っていた愛刀・雨露を右手に持った。
先程の赤装束の男が叫んだ。
「えぇぃ!相手は高々一人。此方は四倍だ!数で勝る我らに勝機はある!」
一人でいとも簡単に二人を倒していることから相手は動揺していた。
多分元から勝てると踏んでいたのに思わぬしっぺ返しが来たからであろう。
それに一介の浪人一人も倒せず取り逃がしてしまったら自分達の帰る場所は一瞬にして消えてしまい、役立たずとしてお払い箱にされた挙げ句今度は家族もろとも命を狙われるハメになる。
背中に担いだ忍者刀をサッと抜き払うと赤装束の男を先頭に全員が無我夢中で突っ込んできた。
横一線で並んで向かってくるので全てを相手にするのはなかなか難儀である。
対して彼は低い位置に腰を据えて迎え撃つ。
四人と交叉する瞬間、相手から見ると彼は舞を舞っているように見えた。
その後に残っていたのは切り傷一つ負うこともなく平然と立っていた彼と横たわる四つの体があった。
相当激しい戦闘があったのか血飛沫が飛び散って瓦は赤く染まっている。
下の方では屋根の上の出来事も未だに知られていない。しかしもうそろそろ気付かれる時分である。
奪い取った忍者刀をその場に置いて彼は夜の暗闇に消えていった―――。
メンテ
Re: 雨露 ( No.12 )
日時: 2005/01/30 10:25
名前: FourRami
参照: http://four-rami.hp.infoseek.co.jp/




翌朝。彼の姿は寺子屋にあった。
その様子は昨日の激戦を微塵とも感じさせない程いつものようにぐっすり眠っている様子だった。
起きてみると既に太陽は最高点に達していた。
お登勢に頼んで遅い朝餉を食べ終えると久しぶりに街へ繰り出した。
街では瓦版売りが昨日の出来事を必至に話して通行人の目を引こうとしている。そんな所に彼が近付いていって瓦版を一つ貰った。
中に書いていることを一通り目を通してみると昨晩の出来事が書いてないようでホッと胸を撫で下ろした。
大通りを歩いて何を売っているか見て回っていると蕎麦屋で上様を見つけた。
まさかこんな所に上様が潜んでいるなんて誰も気付いていないだろう。
「おぉ、坂本。」
彼方もこっちを見つけたらしく、こっちだと言わんばかりに手を振った。
上様のお誘いに断ることも他人のフリをすることも出来ず、蕎麦屋へ入っていった。
「いらっしゃ〜いまし〜。」
「あ、蕎麦を頼みたい。席は此処で頼む。」
「かしこまりました〜。」
席に座ると再び上様は蕎麦をすすりはじめた。
「この蕎麦なかなか旨いなぁ。あんな所にいたらこんな美味しい料理が一生食べられないだろう。」
「ははは・・・。」
私としてはどう答えて良いのかわからなかった。
上様がいつも口にしているモノなど毒味どころか見たことなどない。寧ろどんな味なのか想像したこともない。
恐らくは宮廷料理さながらの新鮮な物を食べさせてくれないのだろうな、と考えるだけに留まった。
そうこう思いを巡らせている内に「お待たせしました〜」、と娘は蕎麦を席まで運んできた。
早速口に運ぶが妙に胃が重い。何故だろうか。
しかし上様も蕎麦を食べている建前、自分は食べないわけにはいかない。無理矢理ながら胃に押し込んだ。
二人が食べ終わると上様は懐から巾着を取りだしてお金を机の上に置いた。
「ご馳走様。勘定は此処に置いておく。」
「はいはい。おおきに〜。」

店を出ると少数の侍に囲まれた。
「貴様、昨夜大阪城代の屋敷に居た男だな。」
正面のごつい男が訊ねた。
しかし当の本人は全く聞く耳を持っていない。
「はて、拙者は昨晩京の居酒屋にて一人晩酌をしておりましたが。人違いでは?」
「ほぉ…。貴様しかおるまい。幕府方隠密、坂本永禮殿。」
此奴、拙者の正体を知っている―――。
という事はやはり誰かが情報を握っているとしか考えられない……。
「どうします?勝殿。」
「さぁて、相手の出方次第ですな。」
昨日大暴れして今日平然と京の街を歩いているのだから一緒に居る者も当然殺される運命であろう。
それを示しているかのように彼等からは夥(おびただ)しい殺気が感じ取れた。
此処で決着を付けても良いのだが生憎ここは人通りが多い。殺傷沙汰になったら間違いなく奉行所に突き出されて相手の思うツボにされてしまう。
最善策は“逃げる”事だった。
こうすれば刀を使わずに相手から逃げられるので実に都合がいい。但し「弱虫」等々と罵倒されかねなく、あまり良い手段ではないが。
人垣をかき分けて早々と距離を広げる二人。
それに対してどんどんと距離を縮められず息を切らしているごつい男達。
「ハァ、ハァ・・・。おい、京の街中に包囲網を作れ!藩邸の下級武士も集めろ!大至急だ!」
連中の中で一番若い男が藩邸の方向へ走っていった。
そして近くの茶屋にどっかと座り込む残りの者達。
その中に一人息を切らさずに立っている男がいた。
「・・・我々で捕まえられなかったのだから仲間を掻き集めても無意味ではないか?」
ふと疑問に思ったらしく、リーダー格と思しき侍に声を掛けた。
するとその侍は怒った表情で言い放った。
「黙れ!堂上!貴様この組頭に文句があるというのか!?」
明らかに自分達で手に負えない事に対する苛立ちの矛先がこの男に向けられた。
仕方なく引き下がったが、彼の顔色には未だに疑念の色が浮かび上がっていた。



坂本達は時間を追う事に次第に袋小路に追い込まれていった。
数の原理で虱潰しに袋の鼠にしていくから逃げようにも逃げられない。
見つかり次第刀を抜いてのチャンバラになるのでそれだけは何としても避けたいところ。
「勝殿。このままではいつか見つかってしまう。如何致す?」
坂本は訊ねてはみるが・・・
「いや〜、坂本。この追っ手から逃げるとはなかなか味わえない事だな。非常に面白い。」
ノンキだと言うか、平常心を保っているというか。通常の人では考えられないような感じ方で流石に戸惑いを覚える。
もう少し緊張感を持って行動して欲しい、と思うが緊張感があったら江戸から抜け出してくるような真似はしないのだが。
そうこう考えている内に二人は裏路地にまで追い込まれていた。
声の距離は次第に近付いてきていることも感じ取れる。
すると坂本は民家の家にかくまってもらい、難を逃れることにした。
狙いは小さな子供が居ない家庭。出来れば老夫婦が一番手っ取り早い。
幸い一件目にして見つけることが出来た。
木戸を開けるとそこには二人の老夫婦が暮らしていた。
「おや、なんでっしゃろか?お侍はん。」
「すまない。只今何者かに追われている身だ。勝手ですまないが、些かの間かくまって頂けないか?」
「えぇですぜ。」
幸い家主は快く承諾してくれた。
もし見つかったら自分達の命もないというのに・・・。
「かたじけない。」
そそくさと見つからないように押し入れの中に隠れる。
ここまら土足で入ってきたとしても見つからないだろう。と思ってのことだろう。
そうこうしている内に次第に声は此方へ近付いてきた。
声は家の前で止まった。この家の前で立ち話をしているらしい。
見つけたか?いや、見つかっていない。そんな大声で交わされるやり取りが手に取るように聞こえる。
まさか自分達が立ち話している家の中に標的が隠れているとは微塵にも思っていないだろう。
(お、これは気付かずに行くな。)
安心しきって気を緩めると突如ガラリと戸が開く音がした。
誰かが家に入ってきた!
すると主は親しげに話しかけた。
「おぉ、堂上はんか。まぁ、上がっていきなはれ。」
なにやら親密な間柄の者か。しかも上の名前を名乗っていることから相手は武士か。
相手が敵なのか味方なのか判別できない状況なので物音を立てずに潜むことにした。
「久しいですな五郎左殿。腰の調子は如何ですか?」
「あぁ、大分ましになりましたわ。堂上さんのお陰ですわ。さすが石田はんの家臣や。」
この言葉を耳にして一瞬で背筋に緊張が走った。
敵か味方かわからない状況で潜むのと敵のいる状況で潜むのとでは全然違う。
大体この御仁がどんな関係か知らないが、はめられたということは無さそうだ。
するとまたしても急にドンドンと古い畳の上を歩いて此方の襖に近付いてくる音が聞こえてきた。
(いかん!)
このまま扉一枚を開けられたら一巻の終わり。敵方の手練れと戦い、指名手配になり、行く末は逃亡生活で上様が将軍職に返り咲けなくなる―――。
こうなれば相手が扉を開けたら間髪入れずに切り伏せるしか方法は無い。
じっと息を顰(ひそ)め、機会を疑う。
すると外から声が掛かった。
「おーい、堂上〜。見つかったか?」
すると扉一枚隔てて立っている男が返事を返す。
「いや、こっちにはいないみたいだ。別の場所を探してくれ!」
相分かった、と声が聞こえると外にいた男は別の場所へと歩いていった。
暫くしてガラリと襖を開け、光が射し込んできた。
目が眩んでいたが、目が慣れてよくよく見るとその男は丸腰だった。
「安心なされ。あなた方を斬るつもりは毛頭ござらん。」
そう言われても簡単に信用できない。なんせ敵方の人間。もしかしたら敵が潜んでいるかも知れない。
チラリと御仁の方を見るが安心しきっている様子。
それどころかなかなか出てこない我々に対して主人はまるで猫を扱っているかのようにおいでおいで、と手招きをしている。
敵の罠か。あの老人も実は忍びで我々を誘き出すのに一役買っているのか。
多くの考えが脳裏に浮かんでは消えていった。
ふと現実に戻ると上様はいつの間にかさっさと安全な押し入れから出ていた。なんて用心のない人だ。世間を知らないにも程がある。
・・・とよく考えてみると上様は庶民の感覚とはかけ離れていたことをすっかり忘れていた。
そんで一人ポツンといつまでも押し入れに居座っているのも何だか嫌なので出ることにした。
「・・・確か貴方様は坂本殿でしたな。」
何故か自分の知っているが、そんなに気にはならなかった。
多分相手の情報網で事前に我々の情報を入手していたのだろう。
無愛想にあぁ、と応えるに留まった。未だに信頼が置けない。
「江戸から遠く離れたこの京の街でもあなた様の噂はかねがね聞き及んでおります。なかなかの剣の腕前だそうで。」
「そんな事無い。江戸の街には免許皆伝を習得しているものなんて腐るほどいる。」
すすめられた薄汚い湯飲み茶碗に入ったお茶を啜りながら素っ気なく答えるに留まった。
まさか睡眠薬が入っているかも知れない。もしかしたら自白剤か?そんな事も脳裏に過ぎった。
「・・・ところで石田候の謀反の噂は聞いていますか。」
突如として本題に持ち込まれた。辺りの空気は一瞬にして重たくなってしまった。
「まぁ・・・ね。」
上様が何となく思わせぶりのある雰囲気を残しつつも曖昧に答えた。
すると声色を小さくして話を続けた。
「拙者は謀反に関しては反対派なので御座います。何か手伝える事がありましたら何なりと申しつけ下さい。」
「相待った。貴殿は石田候に仕えている身なのに何故我々へ翻(ひるがえ)るのですか?」
「我々“侍”は元々民の安泰を勝ち取る為に刀を取って戦いに赴いていた身。それを今更になって民を巻き添えにしてまで天下を覆そうとはとても正気の沙汰とは思えないのです。」
この男の話は一理ある、と内心感心していた。
さらに男は話を続けた。
「確かに武士に在らざる事とは委細承知しておりまする。しかし個人の野望が成就されたとしても決して国の為になるとは考えられません。」
正論である。古今東西に於いて自我に勝てず欲望のままに横暴を振るっていた者は長続きせず、血筋が絶えてしまった一族が数多くいる。
今は少なからず上様の目が光っているのでそんな事は決してない(と信じたい)。
「例え拙者が末代まで恥と言われようとも裏切り者と呼ばれても構いません。民の事を想ったならば拙者の武士としての誇りは捨てましょうぞ。」
「・・・相判った。貴殿の命、この勝が与ろうではないか。」
今まで腕組みをして黙って聞いていた上様が遂に英断を下した。
なんとも賭けに近い状況である。これがもしも芝居の上手い相手の罠だったら計画どころか上様の命すら危ぶまれてしまう。
未だに相手を完全に信用しきっていない自分にとってこの判断はあまりにも無謀としか思えなかった。
しかしこの決断には逆らえない。全ては上様の采配に委ねられているのだから。
相手の男はなんとも言い表せない嬉しい顔で喜びを表現した。
「おぉ・・・・・・、有り難い。この喜びを表現したいが何とも表現しがたい・・・。」
その大きな瞳からは光るものが微かに見えた。
これで民が救われる。そういった所なのか。
「拙者堂上嶽家(どうじょうたけいえ)と申します。なんなりとお聞き下さい。」
堂上、という性に思い当たる節があった。
暫く一生懸命何でなのかと考えるとようやく思い出すことが出来た。
「・・・失礼ながら堂上殿。堂上、と申しますともしや・・・」
「ははは、お気付きになりましたか。」
少し謙遜とした笑いが部屋に響いた。
「左様。拙者の父、嘉見左右衛門(かみざえもん)は関西では有名な堂上流という剣術の師範で御座います。僭越ながら拙者はその次男坊に当たります。」
剣術に長けている者なら一度は戦ったことがあると言われる“堂上流”―――
初代堂上流継承者“堂上嘉見左右衛門”は元々大和の国の生まれであった。
大和と言えば太古の昔には都が置かれていた事がある歴史ある街を思い浮かべる者が多いだろうが、彼は大和の田舎で育った。
齢15の時に剣の道に入り、以後天性の才能を武器にメキメキと腕を上げ、関西で知らぬ者がいなくなる程の実力にまで成長した。
剣の道を極めたと周りが認め始めた25の春。彼は突如全国行脚の旅に出て周囲を驚かせた。
彼は頂点に立っていない、と未だに思っていた。全国を放浪する中で数多の猛者へ挑戦し、また挑戦を受けいずれも勝ってきた。
この全国行脚の修行で遂に彼の前に敵はいなくなった。
そうして自分の剣の技を後生に伝えるべく剣流の看板を立てたのは41という当時としては異例の若さだった。
現在の嘉見左右衛門は二代目と歴史は浅いが、これまでに数多くの猛者を輩出してきた。
その剣技は一言で言い表せば“押しの一手”だが相手にしている立場から見ると非常にやり辛い。
何故なら攻撃と攻撃の間の間隔が短く、反撃の暇を与えない事が最大の一因と言える。
現在は三代目の長男を育成するため、老身に鞭を打ちながら齢72で尚も頑張っている。
「成る程。さぞかし剣の腕は凄いのでしょう・・・。」
「いえいえ、拙者なんて全然父上に遠く及びませんよ。では拙者はこの辺で失礼仕ります。」
立ち上がると次の待ち合わせの約束を決めてそそくさとその場から立ち去っていった。
メンテ
Re: 雨露 ( No.13 )
日時: 2005/02/06 21:48
名前: FourRami
参照: http://four-rami.hp.infoseek.co.jp/




寺子屋に帰ってくると中岡が部屋にいた。
部屋を見渡すと辺り一面に仏典が転がっていた。どうやら一日中部屋に籠もって仏典を複写していたようだ。
「おう。遅かったな。」
日が暮れてようやく戻ってきた事も気にも止めていない様子だ。
それよりも今写している巻物はなにやら貴重な仏典なのかひたすら下を向いて写経に勤しんでいる。
どかっと座り込むと大きく息を吸い込んで吐き出すと共に返事を返した。
「あぁ・・・。」
自分でも気付いていないみたいなのだが、今日起きた出来事が案外体に来ているらしく、フラフラとしている。
肩が重い。倦怠感が感じられる。途轍もない睡魔に襲われつつある。
流行風邪なのかも知れないが、今はそんな悠長な事を言っていられる事態ではない。
ゴロリと横になると畳のひんやりとした冷たさと独特のざらつきが顔に伝わってくる。
時代と共に風化しているが微かに畳の香りも漂ってくる。
なんだか心が落ち着く感じになった。そしてうつらうつらとしてきた頃・・・・・・
「ところでいつもの場所に行ってきたのか?」
中岡は突如として話しかけてきた。意識が朦朧(もうろう)としていた時に声を掛けられてハッと我に帰った。
(そういえばもうそんな時期なのか。)モヤモヤとした頭の中でなんとか考えられたのはこれ唯一だった。



いつの間にか夢の中に紛れ込んでいた。
周りを見渡すと一面白い霧に覆われている。視界はほぼ零と言っても過言ではない。
だが、自分の足は何かに導かれるようにその濃霧の中を前に歩き出していた。止まろうと思っても止まらない、寧ろ止まりたくない気持ちが働いた。
黙々と歩き続けた後に見えたのは一軒の朽ち果てた廃屋だった。
外見は今にも崩れ落ちそうなのだが、柱が強固なのか風が吹いてもビクとも動かない。
風で動くと言えば屋根瓦の代わりに乗せてある藁と、足下の草くらい。
壁は廃材を集めて自分で釘を打ち付けているのか、形が異なっている。その為、穴が空いているところにはまた廃材で繕っている。
扉というものはなく、簡単な筵(むしろ)が掛かっているだけの簡素な作り。
これだけの判断材料では余りにも不気味である。普通の人なら躊躇する所を躊躇いなく筵の入り口を潜った。
中に入ると意外にも快適な雰囲気を醸し出していた。
部屋の中央には囲炉裏があり、その上には煙が上へ昇るのを利用して魚を薫製にしている。
その囲炉裏の側にはこれまた筵が敷かれており、火の暖かさに触れながら雑魚寝をすることも可能。
壁には酒の入った徳利(とっくり)が幾重にも重なって掛かっており、その隣には長い釘にお猪口(ちょこ)を引っかけてある。
この光景を見ても滑稽には思えない。それよりも心の底に懐かしき故郷の念が沸き上がってきた。
人の気配もしないので外に出てみると一人の老人が立っていた。この家の主だろうか。
目深に帽子を被り、片手には長い杖を持っている。
誰だろう。何処かで見た覚えがあるような。一生懸命記憶の糸を手繰り寄せようと努力しているがなかなか出てこない。
   “お前、また怠けたな”
後ろにも同じ老人の姿が。よくよく見渡すと同じ姿の老人が群がってきている。
それも同じ言葉を発しながら。まるで操り人形のように。
正に恐怖である。頭が狂ってしまいそうだ―――。



そこで夢は途切れた。
気が付くと上様と中岡が脇に座っていた。
体中からは冷や汗が止めどなく流れ出ていたのか濡れた布団と着物が体にまとわりついて実に気持ち悪い。
「坂本。体の具合はどうだ?」
事の経緯を伺うと三日三晩高熱に魘(うな)されていたらしく、ずっと寝込んでいたらしい。
京の都に到着してから緊張の連続でその糸がプツンと途切れて発症したらしい。
幸いにもお龍が都一の薬の調合士を訊ねて解熱薬を処方してくれたそうだ。
最も忍びなら自分で調合する事も可能なのだが、「餅は餅屋」と言う様に上様直々に本職に任せた。
「・・・三日も寝ていたとは忝ない。」
「西郷殿や桂殿から見舞いの品物を預かっている。暫く此方の方はやっておくから静養に赴くが良い。」
「重ね重ねの御厚意、誠に勿体のうございまする。」
その後数日間坂本は寝込んだが、五日後には全快した。



京の烏丸三条。坂本はある場所に向かっていた。病み上がりな体にも関わらず歩む足は別段常人と変わらない。
向かった先は刀鍛冶の居る店だった。
烏丸三条に店を構えている“立風”。腕利きの職人が揃っている事でその実力は畿内では一二を争う。
その中でも刀鍛冶師で全国で五指に入る腕を持つ職人が居た。
彼の名は八代五右衛門(やしろ ごえもん)。元は平民なのだがその腕前では勿体ないと帝直々に名字を賜ったそうな。
若い頃から刀を打つことに専念し、年数だけなら既に五十年を数える。
その腕は神業と言っても過言ではない。非常に年季の入っている腕で剣を打つ時は正に真剣勝負の眼差しである。
彼の打った太刀は使うことだけでなく芸術的にも非常に価値のある一品を仕上げる。
坂本は毎回この刀鍛冶師に依頼している。
「頼もう〜。」店先の暖簾から入っていくと誰の姿もなかった。
この声に反応して奥から若い刀鍛冶師が出てきた。
「あ、お侍さんですか。」
額から吹き出ている汗を手拭いで拭いながら応対した。中では刀を打っているのだろう。
現在のガラス細工をしている人達は真夏だと工芸の室内温度が50℃を超えてもおかしくない環境下に置かれていることも稀ではない。
「失礼だが、五右衛門殿は?」
訊ねてみるとその若い連中の顔色は一瞬にして曇った。
「あぁ、親方ですか・・・。親方は最近になって隠居しました。」
この話を聞いて一番驚いたのは本人だった。
まさか隠居生活に入っているとは・・・。年齢的にはまだまだ元気でやっていると思っていたが体力が持たないのか。
その若い連中に五右衛門の現在の住処を教えてもらい、早速訪れることにした。

隠遁生活を送っていた場所は京都の嵐山だった。それもかなり山奥の方である。
実際に向かってみたが、かなり簡素な造りの家に住んでいた。
こんな家に住んでいて雪が積もったら大丈夫なのか、と一抹の不安を抱えつつも家の扉を開けた。
中を覗いてみると刀を打てる窯と煙突があること以外別段変わらない。
辺りを見渡してみると誰も居ない。留守か。
改めて出直してこようと振り返ったとき、そこに人影があった。
「誰だ?この老い耄れなんぞに用があるモンは。」
釣り竿を肩に掛けて反対側の手には魚を入れている魚籠がある。どうやら近くの川で魚釣りをしていたようだ。
「五郎左殿。お久しゅうございます。」
「おぉ、お前さんか。今回はどんな土産話を持ってきてくれたのか楽しみじゃわい。」
すると五郎左右衛門は自宅に入ろうとせず、そればかりか反対側の方向へと歩き出してしまった。
呼び止めようとすると此方に振り返って手招きをしてヒョコヒョコと歩いていった。
仕方なしに自分も彼の後を着いていくことにした。
暫く歩いて行き着いた先は川の側にある小さな小屋の集落だった。
住んでいる者達は大体想像できる。都に住むことが出来ない“えた・非人”と呼ばれと蔑まれている者達であろう。
着ている物はボロボロで所々繕っている箇所が見受けられる。草鞋も履けず、砂利道でも素足で歩かざるを得ない。
「ほれ。今日釣れた収穫じゃわい。」
ありがたい、と深々と頭を下げる貧民の人々。中には手を合わせて合掌をする人の姿も。
「坂本殿。これが最も下で苦しんでいる姿なのだ。この世の中はもっと変わらなければならん。民が繁栄してこそ安寧の世を迎えるのだ。心の奥底に必ず秘めておくのだぞ。」
これは何かを諭すかのように語りかけていた。まるで何かを悟った賢者のように。
そうして自分が今日釣った魚を分け与えると自分の住んでいる小屋へと戻っていった。
囲炉裏に薪を焚いて暖を取ると早速今回の用件を見抜いた。
「・・・そろそろお主の太刀を直す季節かな。」
「そうですね。早一年になりますし。あれから京を出発して江戸に一度戻った後に信州を経由して北陸路を旅しました。そして金沢では一ヶ月ほど滞在していました。」
太刀を手渡しで五郎左右衛門に見せると顔色が曇った。
「ふむ。お主、相当振り回したな。刀が大分痛んでおるのぉ。悲鳴を上げている。」
「どれくらいの時間がかかりますか?」
「・・・一から打ち直すとして大体二週間程かかる。早く仕上げても十日か。」
十日も自分の腰から太刀を手放すとなるとこれは一大事である。
武士にとって刀は自分の命と言っても過言ではない。
さらに紫電の方も鞘から出してみると五郎左右衛門の喉が唸った。
「それにこっちの方も使ってはいないが長い間使っていないから刀が拗ねている。こっちも直さなければならない。じゃから占めて二十日から一ヶ月与らせてもらう。」
流石にこの姿格好で脇差一本とはなんとも貧相である。それにいざという時の対応を考えるとあまりにも不用心だ。
「・・・どうにかなりませんか。脇差一本では不意打ちを喰らった場合に太刀打ちできません。」
「ふむ。確かに武士にとって刀とは身体の一部。今時の武士ときたら自らの身体の一部を鍛えるのを疎かにしている。だから最近の若い武士は好かん。」
「しかし代わりの太刀が見当たらないのですが・・・。」
「おぉ、そうだった。お前さんに見せたい物がある。着いて来なさい。」
また簡素な入り口の暖簾を手で払って外に出ていくとまた貧民の集落へと歩いていった。
衰えない脚力でずかずかと集落に入っていく姿を見て戸惑いながらも着いていく坂本。
しかし辺りからは見慣れない若いモンが自分達の領域に踏み入っていく姿を快く思わない連中が白い目で睨み付けてくる。
そんな容赦なく浴びせられる痛い視線を潜り抜けてようやく一軒の仮設小屋に辿り着いた。
小屋の中に入ると鉄槌や鋏み、それに鉄屑が足の踏み場もない程一面に散らばっていた。
「わしゃな、此処に来て本当に心が洗われる思いだった。土をいじったり、暢気に釣りをしたり、時には柄でもないが詩歌を嗜んだり・・・。
でも次元が違う者が居ることを此処に来て知った。明日食う事に困る者、怪我や病になっても医者に診てもらえない。差別だけで他人からは白い目で見られる。
彼等に少しでも生活の糧になってくれるように文字を教えたり、メシを分け与えたり、薬を煎じてやった。何もかもが初めての体験で全てが無我夢中だった。
・・・じゃが此処での生活は非常に活き活きとした生活を送る事が出来る。わしは神様のように崇められている。なんとも皮肉じゃのぉ。彼奴達を堕とす為に一役買ったワシがこんなになるとは。」
この話をただただ黙って頷いて耳を傾けるしかなかった。
全国に幾つの数の非人がいるのか現在の幕府はおろか我々ですら把握できていない。
華のある大奥や将軍様の生活と比べれば非人の生活は正に天国と地獄である。
「じゃがのぅ。彼等の魂は根元から腐っていない。欲望に手を染めていないから彼奴達に刀を打たせると実に透き通った傑作を作ってくれる。
・・・わしがその時点に到達するまで二十年かかる技術を半年で習得した事には甚だ驚きとしか言い様がない。」
そして奥の手作りと思われる見窄らしい棚から一本の刀を取りだした。
「わしの全ての技術を結集して一から作り上げた傑作、“なまくら”じゃ。」
その銘を聞いて愕然とした。あまりにも縁起が悪い極まりないからだ。
俗に“役に立たない刀”を“なまくら”と呼ぶだけに心持ち心配が尽きない。
そんな困惑した顔を見て五郎左右衛門は大笑いをした。
「かっかっか。心配ない。この出来は今まで作ってきた刀の中でも最高の一品じゃ。この裏山に竹藪があるから試し斬りでも致せ。」
なんと傲慢な翁なのだ。この時ばかりはそうとしか感じられなかった。
メンテ
Re: 雨露 ( No.14 )
日時: 2005/03/09 11:52
名前: FourRami
参照: http://four-rami.hp.infoseek.co.jp/




確かにお誂(あつら)え向きで竹藪があった。
土地の地主には話をつけているらしく、自由に斬って良いらしい。
人気もない。着いてきた者も居ない。誰に構わず斬り続けることが出来る。
しかし試す刀はと言うと鞘に収まっているとは言え、実に奇妙な感触だった。
重くもなく、軽くもなく。普通なら鞘に収めているだけで相性がわかるのにこの刀からは相性が感じられない。
つまり万人向けなのか。誰にも使いこなせるのか。
そう勝手に断定した。決めつけた方が無駄に考えるより気が楽だからだ。
呼吸を整え、静かに目を瞑る。精神と肉体を鎮めて集まった力を一気に解放する。
例え試し切りとは言え真剣勝負。怠った場合使い手に大きな損傷を与えかねないからである。
笹が風で靡く音が辺り一帯をこだましている。その音は竹の中に吸い込まれていくように静まっていった・・・。
風が止む頃、坂本に風神が舞い降りた!
急な斜面にそびえ立つ竹の群生を斬りながら一気に頂上まで駆け上がる。そして頂上に到達すると静かに刀を鞘に収めた。
すると今まで何ともなかったようにそびえ立っていた竹が次々と薙ぎ倒されていった。
竹藪の群生地帯だったはずなのに彼が切り倒した一角だけ直線的に広く見渡せるようになっていた。
そこへ先程の五郎左がやって来た。
「おぉ、精が出るね〜。」
今まで見通しが利かなかった場所が一瞬にして様変わりしていることに驚きを隠せなかった。
だが今の五郎左右衛門にとってそんな事より自分の作品がどんな感じなのか確かめる“職人”の意地が強かった。
「どうじゃ〜、感触の方は?」
そう言われても返す言葉が出てこなかった。
結論から言うと“良い”に違いないが、その中には紆余曲折が含まれている。
使い手に馴染んではいないが、実に忠実に刀が使い手の力に組み込まれていく。
時に重く感じ、また軽く感じるのは多分刀の作用なのだろうか。まるで使い手の意志を鏡のように写しだしている。
刀が使い手に馴染んでいない事は大変な事を意味する。
互いの関係は一心同体が一番望ましい。その為全国に名を轟(とどろ)かすくらいの剣士は必ず刀を選ぶ目が厳しく、自分の呼吸に合った物を愛用している。
もしも呼吸が合わない剣を使った場合、刀が折れる若しくは使い手に大きな打撃を与える危険性がある。
使い易い、と言えば使い易い。しかし“馴染んでいない”という点では重大な欠点でもある。
なので五郎左右衛門に返事を返すことなくただただ俯いているしか方法はなかった。
右手に持った刀をただじっと見つめる様子に何か察したのかまた大声で叫んだ。
「その刀、お前にくれてやる。答えが見つかったらいつでもワシの元に来なさい。」
言いたいことだけ言ってその場をそそくさと立ち去っていった。
一人残された坂本は暫く呆然と同じ体勢で立っていたが、空に暗雲が立ちこめて雨が降り出すと鞘に刀を納めて雨宿り出来る場所を求めてその場から立ち去った。


雨が止むと再び同じ場所に坂本は居た。
濡れた袖・袴も何とも思わずひたすら奇々怪々な刀と真っ正面から向き合っていた。
使えば使うほど謎が深まるばかりの刀にどうしようもなかった。
(この刀は何を求めているのだ・・・。そして何を思っている・・・。)
対等に話し合っているつもりなのだが相手からの返事は何もない。相手はただ沈黙を守り白銀に映る太陽の光を映しだしていた。
まぁ普通に刀とお喋りできたら変人扱いされかねないのだが。
濡れた髪をたくし上げるとその足で寺子屋へと向かおうとした。
その時だった。竹藪の何処かからか不穏な気配を感じた。そして徐々に自分の方向へと近付いてきていた。
(敵か。いやしかしそれにしては様子がおかしい・・・。)
敵方の忍びならば複数で電光石火のように攻撃してくるが今回の相手は様子を窺っているみたいだ。
刀を鞘に収めて臨戦態勢に入る。いつでも居合いが出来る状況である。
しかし突如その気配は何事もなかったかのように消えてしまった。
不審に思いつつも遠ざかった気配に緊張の糸が緩んだ。
緊張の糸が解けた瞬間、その気配は再び現れた。しかも自分の頭上に。
不意を突かれたが、鞘から刀を抜くと頭上からの一撃を間一髪で防いだ。
相手は高下駄を履き、何やら怪しげな山伏の格好。更に鼻が象のように長く、それに負けず劣らずで白い髭も蓄えている。
それに付け加えて一段と怪しさを醸し出しているのは―――奇妙な天狗の仮面。
見れば見るほど謎が深まる。正にこの“なまくら”のように。
錫杖を地面につけると右手で長い髭を触ると喋ってきた。
「ふむ。なかなか良い動きをするな。平々凡々な連中とは格が違う。」
「・・・お主、何者?」
奇怪な格好と言い、物言いと言い何から何まで怪しい。
「ふっ。見て判らぬか。わしゃ天狗じゃよ。」
「天狗・・・だと。巫山戯る(ふざける)な。下らない戯言を言うな。」
「巫山戯てなどおらぬ。“鞍馬の天狗”とも呼ばれていた時代もあったかな。遮那王を育てた事もあったしな。」
遮那王―――
後の源義経の事で鞍馬寺に預けられていた時の法名。
鞍馬寺に入れられていたときに密かに武術を教えていたのが“鞍馬の天狗”と伝えられている。
その時代カリスマ的な戦術
(※法名・・・仏の弟子になると与えられる名前。それにより俗世と決別したことを意味する。)
この時武術を伝授したのが鞍馬の天狗とされ、後々の平家滅亡の活躍に役立ったとか。
「まぁこのご時世なのだから簡単に手練れな剣客を探すのに困っておるわい。先日相手した堂上の次男坊も大した事なかったしのぉ。」
これは厄介な相手だな、と察することが出来た。
先日接触した堂上嶽家は関西はおろか全国でも剣客には知られている有名な手練れ。
それをあっさりと『大したことない』と言い切れるところだと格段な力の差があると推測できる。
自分でも相手の力量が計り知れない。此方が上か、それ若しくは相手が上か。
しかし相手の方が上だろうと見た。先程の一撃は非常に重たく、手が痺れそうな感覚だった。
さらに竹の群生地帯を俊敏に動き回る脚力、さらに何百年も培われた経験則。
わかっているだけでも全て自分が負けている。
(面白い。どこまで自分の腕が通用するか試してみるか。)心の底から何とも言い難い挑戦心が湧き上がってきた。
その表情を見て天狗は此方側の意向を感じ取った。
「ふむ。その目、気に入った。お主の名前は何という?」
「永禮。坂本永禮と申す。」
「その名前も気に入った。いざ尋常に勝負!」
視界から一瞬のうちに消えた。しかし気配は背後にある。
なんとか後ろを取られないように走るが相手もピッタリ自分と同じ速さで追い掛けてくる。そして背後にいる関係は解消されない。
竹林が無規則にそびえ立っているので視界も悪い上に足場も悪い。スピードを出しすぎると簡単に竹とぶつかってしまうだろう。
白銀に光る刀をさっと抜くとそれまで飛ぶが如く歩めていた脚を止めてそこから一気に体を捻って片手で背後を斬った。
だが斬れたのは立っていた竹だけで天狗は斬れなかった。
停止から攻撃に移り変わる刹那の間に常人では不可能なくらいの高さを跳躍して攻撃を避けたのだ。
だが高く上がりすぎたせいか天狗の姿は依然として宙にあった。その隙を見逃すはずはなかった。
逆手に握りを変えると天狗が着地するタイミングを見計らって体を器用に一回転させて辺りのモノ全てを一瞬にして斬った。
彼の周囲の竹を薙ぎ倒され、絨毯(じゅうたん)のように地面狭しと敷き詰められていた落ち葉は行き場を失って宙に待っていた。
それ程威力が絶大にある技なのであろう。
回転後低姿勢に蹲(うずくま)っている彼はふと目線を上げると天狗の姿は眼前にあった。
「ほっほっほ。お見事、お見事。まさか“真空”まで斬るとはのぉ。」
蓄えられた細長い髭をさするその表情は実に楽しそうな顔つきだった。
地面に錫杖をドンと叩くとついている丸い三つの鉄はシャナリ澄んだ綺麗な音を鳴らした。
ふと足下を落としてみると天狗の高下駄は左側の二対あるものが前面だけ綺麗に斬れていた。
「拙者渾身の技『風龍真技(ふうりゅうしんぎ)“斬空”』が通じぬとは・・・。手応えがあったがそれだけか。」
ガッカリしたような口調だが顔色は実に明るかった。滅多に表情を表に出さない顔からは笑みがこぼれていた。
「ふむ。『風龍真技』の使い手とは・・・。お主はやはり代々受け継がれし神から授けられた血筋の子孫か。」
天狗は高下駄を脱ぎ捨てると足袋も脱いで裸足になっていた。その口振りからは何らかの事実を知っていることが伺い知れた。
落ち葉の湿気を足裏に馴染ませると脱ぎ捨てた下駄の裏側と切り落とされた下駄の脚をじっと見つめた。
見ていたのは斬られた断面。鋭利な刃物で切断したような切り口に天狗はただただ唸(うな)るしかなかった。
宙に浮いている時点では彼との距離は確実に刀が届かない部分に着地する予定だった。そのため刀が当たったとしても剣先が掠(かす)る斬れる程の威力はなくなっているはずである。
しかし断面は綺麗に真っ二つに斬られたことが現実を物語っている。
まるで見えない刃(やいば)が稲妻の如く空を駆けぬけたかのように・・・
「その技、やはり空(くう)を斬れるのか・・・。」天狗は察したように呟いた。
対して彼は膝を持ち上げると袴に付いた落ち葉を払い落とすと口元を緩めた。
「流石天狗といったところか。左様、この“斬空”は空を斬ることが可能。」
現在においても何もないのにモノが切断されるということが稀に起きることがある。
主に気圧の高いところから低いところへ気圧が移動するときに風が発生する。その高低差が大きいほど風は強くなる。
だがその高低差がある程度を超えた時、風は刃と化する。何もモノがないのに風によって物体が切断されるのだ。それは最大で1キロ四方に被害が渡る“見えない鋭利な凶器”なのである。
日本では“カマイタチ”という妖怪伝説が残っているがこれがそれに当たる。
この原理に似ているのがウォーターカッターと呼ばれるダイヤモンドなどを加工するときに用いられるモノだ。
とても高い水圧によって刃物が歯に立たない堅いモノでも切断する事が出来る。
彼もまた方法は定かではないがそういった類の技が使えるのである。
「また厄介じゃのう。お主は若そうだが腕は全国で十指に入るに違いない。手加減できないのぉ。・・・」
まるで独り言を呟くようにボソボソと口を滑らせていた。
何が何だかわからないで相手の様子を窺っていると天狗は「よし」と発した後また此方に向かって話してきた。
「楽しみは後々まで残しておきたいのぉ。ここは一旦退かせてもらおう。いつでも良いから満月の夜に嵐山へ来い。万全を期して待っていてやろう。」
そう言い残すと懐から取りだした大きな葉っぱを振り翳(かざ)すと辺り一帯に旋風(つむじかぜ)が発生して一瞬のうちに天狗はその場から消えてしまった。
呆然と立ち尽くしていると突然極度の疲労感に襲われて意識を失ってしまった。
メンテ

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